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保守主義の哲学---存立危機など、「起こらない、起これば逃げる、民主党」。 [政治]

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 私〔=ブログ作成者〕が、民主党の岡田代表、枝野幹事長、辻元議員その他の人々の安保法制議論を聞く限り、この人々の本音は、次のようであるとしか思えない。

 日本民主党の議員先生方(本音で)曰く、

 「私たち日本民主党は、日本が集団的自衛権を行使せねばならないような存立危機事態など、未来永劫、決して生じないと想定(観念)します。

 ですから、そのような法整備は必要ありませんし、そのような非常事態を想定しての、平時からの国防の準備も訓練も必要ないと考えます。

 そして、将来、実際に(現実に)、そのような事態が生じた場合(時)には、(日本民主党が時の政府であるならば、)日本国憲法第9条の規定に対する自己の(あるいは憲法学者の)解釈厳守を絶対的で不動の信念としますので、日本国・日本国民の生命・財産・自由の保護義務の方を、永久に放棄します。

 しかし、このことは、日本国・日本国民の存立を保護すべき、(時の)日本民主党政府が消滅してもよいことを全く意味しませんので、<私たちだけ>は、どこか安全な場所・地域に避難して、どんなことをしてでも助かり、その絶対安全な場所から、日本国・日本国民を指揮すべく、怯懦と卑怯の精神を貫徹する義務(責任)を有していると考えます。」

 学者はどれほど学術上の持論を展開しようとも、<存立危機事態が実際に起った場合>には、日本国・日本国民に対する政治的責任を負う必要がない(から何でも、好き放題、言える)が、政権を担う政党・政治家はそうではないし、決してそうであってはならない。

(革命によって、政府を転覆するイデオロギーに固執する)民主党や共産党には、それがさっぱりわからない。

 すなわち、学者の(上記の意味での)無責任かつ非現実的な議論に迎合・固執することしかできない民主党(法を無視し、唾棄すれば、存在しえない立憲主義を、驕慢よろしく唱えあげる日本共産党などもってのほか!)とは、責任政党(政権を担う政党)としての価値200%ないと断定できるだろう。

 上に述べたことの、証拠のほんの一部である過去の明晰な記録を、下記に添付しておく。

 マスメディア等は、安保法案を「戦争法案だ」などと歪曲・矮小化して反対論を煽動・宣伝する前に、今一度、冷静で現実的な眼(視点)で現実世界を直視されたいと願う。

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【中川八洋掲示板】は更新される毎に必ず読みましょう!

 →中川八洋掲示板 

 ≪私の推薦図書≫

 ◇ 戦後の日本の憲法学がいかに偏狭な論理に終始して来たかについては、以下の2書を読めばその全貌が容易に、明確に理解できるであろう。戦後日本の憲法学界の真実を知るために、ぜひ読んで頂きたい。

 1.中川八洋悠仁天皇と皇室典範』、清流出版

 2.同『正統の憲法 バークの哲学』、中公叢書

 ◇ ルソー主義、マルクス主義、マルクス・レーニン主義等の極左・左翼思想の義務教育からの洗脳を完全に説くには以下の書を読むべし。

 3.中川八洋正統の哲学 異端の思想』、徳間書店

 ※ この著作の悪徳思想の除染効果は「私自身」が体験済み。なぜなら、この著作を読むまでは、かくいう私も、中学高校で教えられたとおりの、「日本国憲法は世界最高の平和主義憲法!」信者だったから・・・。

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 〔=ブログ作成者〕のホームページ】(も読んでね!)

 Burke revival エドマンド・バークの系譜 

 〔=ブログ作成者〕のブログ

  〔=ブログ作成者〕の以下のブログ記事(も読んでね!)

 自由主義の反撃 

 義務について

 ◇ 読んで子供たちに教えよう!

 『美徳冊子「さあ、自助の精神を取り戻そう」』 

 美徳ある自由を生きましょう! 

 ◇ 子供たちに教えよう!『美徳冊子2』

 日本国民の品性は蘇生できるか? 

 『美徳冊子2』(付録1)

 (経済)ナショナリストを自称する国家官僚、中野剛志の思想の害毒 

  ◇ 真正の保守主義とは、自由保守主義である!

 真正の保守主義とは何か? 

 日本国万世一系の皇統(皇室)は日本国の揺るがぬ国制(国法)でありその守護(護持)は日本国民の永続的繁栄のための義務である

 →“多様性の中の統一”,
これが真正自由主義の要諦である!
 

 F・A・ハイエクに学ぶ自由主義概論Ⅰ

 →F・A・ハイエクに学ぶ自由主義概論Ⅱ

 →F・A・ハイエクに学ぶ自由主義概論Ⅲ

 →F・A・ハイエクに学ぶ自由主義概論Ⅳ

 【“真正の狂人”JJ・ルソーの正体(真像)---世界の常識---を知れ!】

 “真正の狂人”J・J・ルソー主義の呪縛を滅すための試書 

 【フェミニズム思想の禍毒についての正しい知識と防疫手段(=保守主義の哲学)を身に付けよ!】

 人間呪詛の猛毒フェミニズム思想・制度を即刻消去せよ! 

 【共産主義の真像は人間性抹殺を礼讃する死の宗教(:ベルジャーエフ)---彼らのオモテの顔の(死への)微笑み・(狂気の)甘言に決して騙されてはならない!】

 凶悪の「死の宗教」共産主義の人間虐殺の歴史を学べ! 

 【大東亜戦争の真実の探求】

  あの時代、誰が、どの政党が、立憲主義の破壊者だったか?

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第1回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第二回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第三回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第四回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第五回:最終回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第六回:補足回) 

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 →国民を権利の侵害から保護するのは法と美徳(道徳)のみである! 

 侵略行為と自衛行為を区別しない抽象語「戦争」ってなんだろうか? 

 朝日新聞社の唱える「平和主義」とは一体何なのか。 

 ロシアとの平和条約締結は日本国の亡国への道である

 以上。


保守主義の哲学H27‐‐‐小論文 『自由主義の反撃』 [政治]

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 読者の皆様へ

 H27年最初の小論文『自由主義の反撃』がようやく完成しました!

 内容、図表ともに丁寧に仕上げましたので、思った以上に多大な時間がかかってしまいました。

 申し訳ありませんでした。

 取り急ぎ、ブログ公開たします。

 かなりの文章ボリュームなので、できればプリントアウトしてお読み下さい。

 【小論文H27自由主義反撃 

      

 ☆【大阪都構想に関する私の疑問1(平成27512日)】

      

 エドマンド・バーク曰く、

      

 「貴方がたフランス(→大阪府市)の文筆家達や政治家達(→府知事や市長)・・・は、他者の智恵に全く敬意を払いません。他方自分自身のそれには、満腔の自信を以て捧げます。

 

 彼らにとっては、物事の仕組みが古いということはそれを破壊する充分な動機となるのです。

 

 新規なものとなると彼らは、慌てて建てた建物の耐久性がどの位あるのか、懸念らしきものは何も持っていません。というのも、自分の時代以前には何もなされなかったか、なされたとしてもごく僅かだと考え、希望はすべて(自分達の新規な)発見にありと考える連中にとって、耐久性は目的ではないからです。

 

 彼らは真に論旨一貫して、およそ永続性をもたらすものはすべて有害なりと考え、従がってまたあらゆる既存制度に執念深い戦いを挑みます。

 

 彼らの考えでは、政府(→地方自治体・公共団体の制度や境界等)は衣服の流行のように取りかえられるものであって、それで殆ど害も無いのです。またどんな国家の憲法(→憲法の代議制の定め)にとっても、目先の便宜(→珍奇な大阪都構想の実現)以外には愛着の原理など不要なのです。

 

 彼ら(→大阪市長)と為政者(→大阪市議会)との間には一種独特の契約があって、それは為政者(→大阪市議会)を拘束はしても相務性は全く持たず、民衆の権威(→実質上、大阪市議会という代議制の決定を無視して行われる住民投票)は、自ら(→大阪市長)の意志以外の如何なる理由も必要とせずこの契約(→前回の大阪市議会選挙の結果市議会の決定)を解除する権利を保有する、彼ら(→大阪府知事大阪市長)はこういった意見を以ているかの如き口ぶりを何時もしています。

 

 己の国自体(→大阪府大阪市府内の他の市町村)に対する愛着ですら、国(→大阪府・市の制度)が自分達(→大阪維新の会)の移り気な計画のどれかに合致する限りのものでしかありません。

 

 つまりそれは、瞬間、瞬間の彼らの考えの中にたまたま浮かんで来る国家計画(→珍奇な大阪都構想)と共に始まりまた終わる(=前回の大阪市議会議員選挙の結果と大阪市長選の結果及び大阪市民を代表する大阪市議会の議論や決定)など完全に無視するのです。」

 (バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、111112頁、丸カッコ内:私の置きかえ

  

 

 ☆【大阪都構想に関する私の疑問2(平成2751223:30)】

  

 エドマンド・バーク曰く、

 

 「貴方がたの政治家たちが大胆で勇敢な才能の印と考えているものは、実は嘆かわしい能力欠如の証明にしかすぎません。

 

 ・・・彼らは普通の事柄は何でも利用できないものと諦めているのです。

 

 彼らの治療法体系の中では食餌療法は無視されています。

 

 しかし中でも最も悪いことは、彼らが普通の方法で普通の病気を治すのをかくも見限っているのは、単に理解力の欠陥に起因しているのではなくて、何か底意地の悪い性質によるのではないかと疑われることです。

 

 貴方がたの立法者は、あらゆる知的職業、高い身分、公的地位などについての自分の意見を、風刺屋どもの喚き声や戯声を借りて形成して来たようです。

 

 しかしこの風刺屋ども自身、自分の言葉に一字一句責任を持たされるとなれば驚愕するに違いありません。

 

 こうした声だけに耳を傾けることによって、貴方がたの指導者達は、すべての事柄をただ悪徳や誤謬という側面からだけ見てしまいます。

 

 しかし、逆説とも聞こえましょうが、一般的には、誤謬を見つけて見せびらかすのを慣わしとする人間というものは改革の仕事には堪えません。これは疑いもなく真実です。

 

 というのも彼らの精神は、公正で善なる事柄を認識するための鋳型を具えていないばかりか、習性によって、そうした公正で善なる事柄を眺めることに何ら歓びを感じないようになっているからです。」(バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、215頁)

 

  

 ☆【大阪都構想に関する私の疑問3(平成275132245)】

 

 エドマンド・バーク曰く

 

 「私は、我々の幸福な状態は、我が憲法(our constitution)に---それもそのどこか一部分にではなく全体に---負っていると思っています。

 

 言い換えれば、数回の再吟味や改革を通じて付加変更されて来た部分だけではなく、そこで我々が手付かずにして置いた部分にもまた大きく負っているということなのです。

 

 我が国の人々は、真に愛国的で自由独立な精神にとっては、自分たちが所有しているものを(破壊してしまうのではなく、)破壊から守るべく、為すべきことが幾らでもある、と思うに違いありません。

 

 私は変更をもまた排する者ではありません

 

 しかしたとえ変更を加えるとしても、それは保守するためでなければなりません。

 

 大きな苦痛があれば、何らかの対策を講じなければなりませんが、いざ実行の段には祖先の実例に倣わねばなりません。

 

 私は、修繕をする場合にはできる限り建築物の修繕のような方法を取るつもりです。

 

 賢明な注意綿密周到さ、気質的というよりはむしろ善悪判断を弁えた小心さ、これらが、最も断固たる行為をする際に我々の祖先が則った指導原理(慎慮)の中にはありました。

 

 彼らはあの光---つまり、フランス人の(革命)紳士諸君が自分達はそれに大いに与っていると我々に吹聴するあの光り(=啓蒙思想・設計主義)---照らされていなかったために人間とは無知で誤り易いものであるという強い印象の下に行動したものでした。」(バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、313頁)

 

 

 ☆☆☆【大阪都構想に関する私の疑問・THE END(平成2751708:05)これは、下記のコメント欄よりブログ本文へUPしたものです。

 

 なぜ、橋下徹大阪市長は、維新の会の主張する大阪都構想を市議会の議決で決定する手続きを取らないのだろうか?

 

 代議制という制度(=市議会)は民意を反映しておらず、住民投票のみが民意である!という意味であろうか?

 

 日本国憲法は、その第八章で、地方自治に関し、間接デモクラシー(=代議制)の原則を定めており、地方自治法において、その地方議員の選挙権・被選挙権は「日本国民」にあると定めているのであるが・・・なぜ?

 

 すなわち、憲法の定める「地方自治」とは「住民自治」の意味ではないのであるが・・・なぜ?

 

 中川八洋 筑波大学名誉教授 曰く、

 

 「直接参加型デモクラシーは、それを是としたワイマール憲法体制こそがヒットラーの全体主義の母体になったように、また<人民民主主義>のソ連体制を正当化する根拠となったように、自由社会を全体主義に<転化>していく機能をもっている。

 

 地方分権推進法第71項の<住民参加の充実>は、日本国憲法にも背反するし、自由社会の日本を守るために断固として否定されるべきものである。」(中川八洋『国が滅びる---教育・家族・国家の自壊』、徳間書店、192193頁)

 

 また、市民が直接審議(あるいは直接投票)の多数決原理に参加する場合の弊害の一つについて、

 

 エドマンド・バークは次のように述べている、

 

 「人間の心は、各人が(直接)審議に参加した会議での勝ち誇る多数派の投票結果より、遥かに容易に、国家から全体的な委任を得た一人もしくは少数の者(=代表者)が決定する議事(=議会の決定)に黙従する傾向がある。

 

 (直接)投票に敗れた側はその途中の口論で興奮して不機嫌になった挙句の果てに最終的な敗退への怨念を(勝った側に対して)抱くのが関の山である・・・」(『バーク政治経済論集』、法政大学出版局、659660頁、丸カッコ内:私の補足)

 

 バークが言うように、大阪都構想に関する住民投票は、その賛否の結果如何に関わらず、後々まで大阪市民を賛成派・反対派に分断する投票をさせたことによる、感情的なしこりを必ず残すだろう。

 

 このような直接投票による、大阪市民の感情的分断(亀裂)という懸念(心配)を推量できない(しない)こと自体、既に、橋下徹大阪市長の無能さの証明ではないか、と私には思えるが。

 

 また、大阪府と大阪市の2重行政の弊害の解消する手段として、大阪市を特別区に解体してしまうという珍奇な「都構想」以外に、決してありえない!と言うならば(→大阪市長と大阪府知事は両者が同じ維新の会の所属でありながら、である!)、これも両名の真正の無能の証明以外の何であろうか、と私には思えるが。

 

 それは兎も角、大阪市民は、都構想に関して、何度も何度も市長選や市議選をさせられ、その上なおまた「住民投票」までもさせられるとは、橋下大阪市長の舞台(掌)の上で踊らされるピエロのようである。

 

 隣の県から眺めていても、気の毒に思えてならない。

 

 ちなみに、マスコミや反対意見の住民等から、橋下市政について文句や罵声を浴びた場合にテレビや新聞で見聞きした、橋下徹大阪市長の口癖(の主旨)は、

 「そう思うなら、選挙で落としてくれればいい!」

 

 という、吐き捨てるような言葉であったと、私は記憶している。

 

 さて、大阪市民は、本日どのような決断をされるのだろうか?

 

 他所様の都道府県の事ではあるが、私は、興味津々で、投票結果を見守っている次第である。


保守主義の哲学---ピケティのr>g式に対する世間の馬鹿騒ぎの真相を見極めよ! [政治]

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 ※ これは≪平成27319日付≫の下記コメント欄よりブログ本文へUPしたものです。

 【中川八洋掲示板】更新情報

 〔平成27316日付〕

 “プーチン皇帝の臣下”メルケルと日独伊三国同盟を演出した「黄色い猿」安倍晋三の外交醜態

 ⇒http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/

 〔平成27311日付〕

 “八百長”ヘイトスピーチを操る背後の巨大組織は誰? ──“日本解体の悪法”「人種差別撤廃基本法」制定を狙う大道芸

 ⇒http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2015/03/11/123937

 〔【中川八洋掲示板】記事一覧〕

 ⇒http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/archive

 皆様、更新情報提供が遅くなり、申し訳ありません。

 理由は、私事ですが、読書集中期、小論論考・執筆中は、気が散るのでインターネットは開かないことにしているためです。

 そのような期間中には、申し訳ありませんが、読者の皆様の方でも、中川八洋先生の掲示板をRSS登録するなどして、進んでお読み頂きます様お願い申し上げます。

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 ところで、巷で、r>g式が大げさに騒がれているが、その真の理由は簡単明瞭である。

 r>gが(その統計データの取り扱いの信憑性も含めて)どれほどの意味を持っているにせよ、大騒ぎされているのは、この理論式がマルクスの歴史信仰(=史的唯物論という歴史の発展法則)の予言の一部に理論的説明を与えているように錯覚するからであり、マルクス主義狂信者の運動の目的・意味を肯定・促進するかに思い込み、彼らが馬鹿騒ぎしている(その種を撒いている)のである。

 すなわち、マルクスによる「社会主義の到来」の予言に関するする歴史信仰ドグマである、

 「人間の意識がその存在を規定するのではなく、むしろ、人間の社会的存在こそがその意識を規定する」

 とか

 「労働生産性の増大の傾向は、階級間の社会的諸関係の領域で、より多くの富をますます少数者の手に蓄積せざるを得ない」

 (→ここに、ピケティがr>gの経済理論的説明を(とうとう)与えた!というわけで、馬鹿騒ぎしているのである。)

 さらに、マルクスの予言の次の段階では、

 「社会は支配する少数のブルジョワジーと搾取される大多数の労働者階級を除けば、爾余の全階級は消滅するか無意義なものとならざるを得ず、2つの階級間で高まる緊張は社会革命へ至らざるを得ない」

 とされる(=決めつける)。

 だが、実際にはこの第二段階の予言、「爾余の全階級は消滅する」根拠は「歴史信仰」自体には全くないから、革命運動家が運動によってマルクスを支援する必要が生じるのである。

 そういうわけで、左翼・極左運動家が、国民(国家・社会)をマルクス主義歴信仰に合わせるように、宣伝・扇動する。

 極端に言えば、オウム真理教の予言「アルマゲドン」と「地下鉄サリン事件の実行」の関係だと言ってよい。

 それはともかく、要するにブルジョワジー以外の日本国民のすべてをプロレタリアートというアトム(=平等で属性なき根無し草的「個」人)に分解する運動、あるいは「資本主義社会の自己破裂の苦しみを事前に緩和する」ための、革命家(あるいは左翼政府の成立)による経済と中間組織の破壊運動(=予言を予言に見せるための下ごしらえする運動)を熱狂的に推進するのである。

 例えば、その運動は、

 「大企業(資本家)に強度の累進課税をかけよ!」、

 「資本主義大国である米国を日本から追い出せ!」ゆえに「米軍基地反対!」

 「(ロシア・中共・北朝鮮)の日本侵略を妨げる自衛権の行使反対!」

 「私的所有の廃止・強奪!/相続の廃止・重い相続税!」

 「国家財政破綻(=実際には、これは福祉国家・ケインズ政策という社会主義政策による破綻なのであるが、責任を資本主義に転嫁して)資本主義の内部からの破裂(崩壊)!」

 「産業の国有化」(東電の巨額賠償による破綻・国有化論など!)

 「労働者間の競争排除、賃上げ要求」

 「農業の産業軍化(農林水産省・JA全中の農業統制、TPPの合意・締結妨害」

 「(出生率向上政策なき)少子化(=亡国前提)政策」

 「子供の教育の社会化(=家・家族・家庭教育の破壊と放棄)」

 「男女平等社会実現!」(人間のアトム化)

 「男女の性差なしの中性人間の増産(ジェンダーフリー)!」(同上)

 「女性の結婚・主婦・出産を悪とみなす、自然の摂理への反逆と思い上がり」

 「夫婦別姓(=親子・兄弟姉妹別姓=家族の廃止!)」

 「原発再稼働反対!運動(=日本経済破壊運動)」

 ・・・ ・・・等々として展開されているが、日本国の場合、その他にも枚挙にいとまがない。

   自民党(政権)もこれらの政策に進んで加担している(→実態は、完全な「社会主義政策」政党である!)

 さらに、マルクスの予言の最終段階では

 「労働者がブルジョワジーに勝利した後、一階級からなる社会である無階級社会、すなわち社会主義(社会)が出現する」

 と結論される。

 そして、そこでの「進歩した人間の姿」とは、

 「各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて」

 「(社会主義)社会によって、共同的かつ計画的に経営される工業は、諸素質があらゆる方向へ発展した、生産の全体系を見渡せる状態にある(平等あるいは同一)人間を、完全に前提する」

 (→必要なのは完成された万能で平等な人間のみであり、その他の不完全な人間は歴史法則の発展過程で消去されるという意味。)

 と予言されている。

 さて、このマルクス主義の途方もない歴史信仰(歴史の発展法則)の予言の真偽、つまり、そもそも歴史法則(史的唯物論なる法則)が存在するのかという問題に関する論駁(=矛盾の論理的指摘)は、これまで多くの学者によってなされてきたが、すべて不十分だから、ピケティの如き、社会主義信仰の亡霊的経済学者を、次から次へと復活させるのだと思われる。

 そこで私は、現在、マルクやヘーゲルの哲学以前の(政治)哲学・道徳哲学理論によって、全く別の観点(手法)でマルクスの歴史信仰の根本に潜む矛盾を指摘するある素朴な着想を得た。

 このマルクス歴史信仰を永眠させるための、ブログ記事の論考と執筆作業に今取り組んでいるため、上記に述べたように中川先生のブログ更新情報の提供が遅延したのである。

 が、読者の皆様にはどうか、綿密な論理構築の必要ため、ブログ掲載まで、もうしばらく時間を頂きたいと思う。

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 【中川八洋 筑波大学名誉教授 公式ブログ】

  →中川八洋掲示板 

  必ず読みましょう(自由主義者の義務!)。

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  →国民を権利の侵害から保護するのは法と美徳(道徳)のみである! 

  侵略行為と自衛行為を区別しない抽象語「戦争」ってなんだろうか? 

  朝日新聞社の唱える「平和主義」とは一体何なのか。 

  ロシアとの平和条約締結は日本国の亡国への道である 

   以上。


バークの哲学---義務について。ドラマIB、T大H学部、狂気のAY名誉教授への御助言です。 [政治]


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 ドラマIB放送中、申し訳ありませんが、T大H学部、狂気のAY名誉教授への御助言。 

 エドマンド・バーク曰く、


 「智恵(wisdom)も美徳(virtue)も欠いた自由(liberty)とは一体何か。智恵も美徳も欠いた自由とは、悪(evils)の中の最悪のものだ。なぜなら、そのような自由は、教導も自制もされない、馬鹿さ(folly)、悖徳(vice)、狂気(madness)だからだ。」(バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、310頁)

 バーク曰く、

 「いやしくも文明社会(civil society)が当然に道徳の管轄分野(moral jurisdiction)に属すると考えるすべての人びとに対して私は、われわれが社会への義務(duty)を負っているという場合、これが決してわれわれの意思(will)に依存しないという真理を真剣に肝に銘じるように何度も繰り返し勧告したいと思う。

 義務は任意の(voluntary)ものではない。義務と意思は互いに相容れない(even
contradictory terms
)概念である。文明社会はある場合は確かに最初は自発的な意思の産物かもしれない〔事実多くの場合はそれは間違いなくそうであった〕が、その継続は社会と共に続く恒久的で確固たる合意(permanent standing covenant, coexisting with the society)に依拠し、それは社会内のすべての成員に彼自身のいかなる行為とも無関係に帰属し(without any formal act of his own)、それは人類の一般良識(general sense)に発する一般慣行(general practice)によって保証される。

 この結び付きによって人間は彼の選択とは無関係に恩恵を引き出し、彼の選択とは無関係にこれらの結果として自らの義務を負い、彼の選択と無関係に実定法規にいささかも劣らない拘束力を持つ実質的責務を取り結ぶ。

 人生の全体と義務の全体系を眺め渡すならば、最も強力な道徳上の義務は決してわれわれが選択した結果の産物ではない。」 (バーク『政治経済論集「旧ウィッグは新ウィッグを裁く」』、法政大学出版局、654655頁)

 バーク曰く、

 「道徳の線は数学における理念上の線とは別であり、それは長さばかりでなく、幅と深みを有する。

 それは、(各人の置かれた状況の本性に従がって)例外を許容し、補正を要求する。

 これらの例外や補正は、論理学の手続きではなく、慎慮の規則によって行われる。

 慎慮こそは、単に政治的道徳的な諸特性の階梯の最高に位置するのみならず、これらの特性すべてを調整し誘導する物差しに他ならない。形而上学は定義なしには存立できないが、慎慮は定義を下すのに慎重である。

 それゆえ平常われわれの法廷は法律上の論点の判断の解明に際して、架空の非現実的な事例を引き合いに出すことを極度に自戒しなければならない。」(バーク『政治経済論集「旧ウィッグは新ウィッグを裁く」』、法政大学出版局、593594頁)

 道徳の実践(現実への適用)の真理は、上記の引用文を踏まえて、次のバークの言葉を読めば理解できるはず。

 エドマンド・バーク曰く

 「個々人の置かれた場所が彼の義務を決定する。

 『神は汝を如何なる者と命じたるか?』という問いに対する回答はもう一つの別の問い『事物の如何なる人間的なる場面(状況・条件)に汝はある

 を解くことで求められるはずである。」(バーク『政治経済論集「旧ウィッグは新ウィッグを裁く」』、法政大学出版局、654655頁)

 さて、フィクションドラマの中の、狂気のT大・AY名誉教授 殿、現実世界の道徳を理解頂けたでしょうか?

 ◆◆◆◆◆

 【補 足】(平成27年2月19日19:30、コメント欄より、本文へUP)

 付言すれば、上記のバーク哲学は、中川八洋 筑波大学名誉教授の「3回 13名ゼミ」における、バーク保守主義の哲学講義の<<ほんの一部分>>をまとめた(引用した)にすぎない。

 なお、上記ブログ本文の補足として、「国民の祖国に対する義務」についての以下ののバークの論述も大変に深淵であり、読者の方々の人生観(生き方)の参考になり、有益であるので、少し長いが引用しておきたい。

 ※ バーク保守主義の哲学をもっと知りたい方は、バークの著作群、中川八洋先生の著作群、ハイエク全集など、真正保守(自由)主義の書籍を熟読して頂きたいと思う。

 なぜなら、それらを読めば、読者が自分自身の人生良く善く)送れるような、真の現実に即した指針”と“信念”を必ず、授けてくれるからである。

 エドマンド・バーク曰く、

 「われわれが結婚する場合、確かに選択は任意であっても個々の義務は選択の対象ではなく、状況の本性にもとづいて指図される。

 われわれがこの世に生れ落ちる道筋は暗くて究め難くこの自然造化の神秘的過程を生み出す本能もわれわれが作り出したものではない。

 だが、われわれには知られぬ、否、知られえない物理的原因に由来する道徳上の諸義務は、われわれにも完全に理解できるものゆえに不可避的に履行されるべきである。

 両親は彼らの道徳的関係に同意した事実がないかも知れないが、同意したと否とに関係なく彼らは現実に従来いかなる種類の協約も結ばずにいる子供たちへの長く続く負担の重い義務を負うている。

 子供たちは自己の血縁関係に同意した事実はないが、彼らの置かれる関係そのものが彼らの実際の同意をまたずに彼らをその義務へと拘束する

 ---といよりは、むしろ予測される事物の秩序に対応するものとしてすべての理性的人間による同意が推定される以上、最初からその同意を内包すると言う方が一層適切である。

 人間はこのような仕方で特定の両親の社会的境遇に伴う各種の恩典に浴し、各種の義務を負う形で共同社会の一員となる。

 もしも国家社会の構成単位であるこれら物理的諸関係(夫婦・家族)から紡ぎだされる社会的紐帯と羈絆が大抵の場合にはわれわれの意思とは独立に始まり、例外なしに必ずその形で継続する以上、われわれは同様に自分たちの側の特定の約定をまつまでもなく『あらゆる人間同士のあらゆる愛情』を包合する〔といみじくも形容される〕われらの祖国という名の関係に拘束される。

 そしてこの畏怖すべき強制的な義務をわれわれにとってそれと同程度に馴染み深くさせる強力な本能をも、われわれは併せ授けられる。

 われわれの祖国は単なる物理的な地縁を示す土地ではない。

 それは有体に言えば、われわれが(自分の意思と無関係に)生れ落ちた古来の秩序そのものである。

 ・・・各人が特定の共同社会へ生れ落ちたことで引き受ける根源的な人間関係や彼が両親の胎内から生まれたことで結ぶこの特定の血縁への恩義から免れる権利

 (=道徳的義務を無視したり、破壊したりしようとする、単に人間として生れたという理由のみに基づく観念的・抽象的な「人間の権利」や自然(原始)社会の「自然権」などの純粋な形而上学的権利など)

 を持たない、と確信している。

 個々人の置かれた場所(=生れ落ちた古来の秩序)が彼の義務を決定する。」(バーク『政治経済論集「旧ウィッグは新ウィッグを裁く」』、法政大学出版局、654655頁)

 さらにバーク曰く、

 「我々は、国家に対する愛情を己が家族の中より始めます。

 身近な親戚に冷たい者が熱烈な国民たることはありません。

 我々は次いで隣人に、そして、慣習によって定まった各地方の人間的繫がりへと進みます。

 そうしたものは、いわば旅籠であり、休み場なのです。

 慣習によって

 ---(革命フランスの国民議会のような)支配権力の唐突な一捻りによって、ではなく---

 形成された我が国のそうした諸地方は、それぞれ、かくも数多く、偉大な国土の小さな似姿を示してくれます。

 人間の魂はその中にこそ、自らが貢献しうる何事かを見出して来たのでした。

 しかし、全体から見れば下位に属するこうした偏愛によって、その全体に対する愛が質滅してしまうことはありません。

 むしろそれは、より高次の、より広範な関心を涵養するための一種の基礎訓練となります。

 こうした訓練によってのみ人々は、自分自身の利害に対するのと同じように、・・・広大な王国(=国家)の繁栄にも心を動かされるようになるのです。」(バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、249頁)

 以上。

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 写真は、中川八洋「第3回 13名ゼミ」に向かう新幹線の車窓より、〔=ブログ作成者〕(写真の)素人が撮影したものです。大変美しい富士山でしたので掲載しました。


【閑話休題】I wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year! [政治]

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 I wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year!

 Edmund Burke said,“Do they imagine they shall increase our piety,and our reliance on God, by exploding his providence,and insisting that he is neither just nor good?

 Such are the doctrines which, sometimes concealed,sometimes openly and fully avowed,are found to prevail throughout the writings of Lord Bolingbroke…”

【中川八洋 筑波大学名誉教授 公式ブログ】

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