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保守主義の哲学---【謹賀新年2016】小論文『見えざる目的』の掲載について [政治]

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 読者の皆様、

 新年明けましておめでとうございます。

 本年もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

 さて、小論文『見えざる目的』

 ---自生的秩序(社会的制度・形成物)に潜む意義について---

 を纏めましたので、取り急ぎここに掲載(公表)いたします。

 正月休みは一切返上(今日と明日のみ!?)で、苦心して丁寧にわかりやすく仕上げたつもりですので、興味ある方はぜひお読みください。

 20161月 小論文 PDF本文リンク→目的

 【中川八洋掲示板】

 →中川八洋掲示板 

 最新更新情報

 (2016年4月20日付)

  →文部省の大学入試改悪は、大学劣化/日本人劣化を目的の“日本衰退”化革命──北朝鮮人

  【中川八洋 筑波大学名誉教授 動画】 

   

 ☆ 更新毎に必ず読んで、バーク=ハイエク=中川八洋の系譜の真正保守(自由)主義の政治哲学を学び、我々と共に、日本国から極左・左翼思想を一掃しましょう!

 ☆☆☆☆☆

 〔=ブログ作成者〕のホームページ】(も読んでね!)

 Burke revival エドマンド・バークの系譜 

 〔=ブログ作成者〕の過去のブログ記事】(もまだ読んでない方は読んでみてね!)

 自由主義の反撃

 本国民の品性は蘇生できるか? 

 『美徳冊子「さあ、自助の精神を取り戻そう」』 

 美徳ある自由を生きましょう!

 →真正の保守主義とは何か? 

 日本国皇統・国民)大和心起源ろう 

 エドマンド・バーク「について 

 “真正の狂人”J・J・ルソー主義の呪縛を滅すための試書 

 →凶悪の「死の宗教」共産主義の人間虐殺の歴史を学べ!

 →人間呪詛の猛毒フェミニズム思想・制度を即刻消去せよ!

 →ロシアとの平和条約締結は日本国の亡国への道である

 →(経済)ナショナリストを自称する国家官僚、中野剛志の思想の害毒

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第二回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第三回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第四回) 

 近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第五回:最終回)

 →近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第六回:補足回) 

 以 上。

 平成28年(2016年)1月2日 by a Sakura---Japanese cherry---Burkean.


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BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 ≪平成28年1月5日≫月と鼈、雲泥の差
 
 【中川八洋掲示板】更新情報

 「北朝鮮人化する“無学輩”八木秀次──日本を救ったポツダム宣言を貶める“新・国賊”」

 → http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/

 ◇◇◇
 
 (歴史学・政治哲学・法学等の分野の)学術研究において、もし、「バーク=ハイエク(←カール・メンガの方法)の研究方針」というものがあるとすれば、それを正統に継承する大学者は、名実ともに日本国では中川八洋先生(筑波大学名誉教授)唯一人のみと、僭越ながら(中川ゼミ生で先生とも面識のある)私は確信している。
 もしも、「(上記の定義において)他にもいる!」と言う人がおられるなら教えてもらいたいものだ。

 それに対し、所謂「民族系保守」論壇における、「知恵や真実に対する勤勉・努力の精神」、そして「誠実や正直や良心の美徳保持の精神」など対する、配慮の欠如と蔑視の姿勢からは、「高貴なる日本民族の誇り」、「真なる大和心や武士道精神への尊敬」など微塵も感じられない。

 だから、私には彼らがしきりに唱える、「日本古来の伝統」とか「日本民族」とか「日本国(国家)のために」とか「天皇(皇室)尊崇」とか「民族や人種の誇りを尊崇して守るための、皇国史観と大東亜戦争肯定論」などの言葉が、一体、如何なる実体的意味を構成するのか全く理解に苦しむものである。

 この実態が、左翼(極左)人士の民族系保守論壇に対する軽蔑・蔑視と毛嫌い(肌あわぬ嫌悪)に至るのは必然の帰結であろう。

  現在の自民党(国会議員)の中の保守と言われる者のレベルは、ほとんどこれら民族系保守論壇の同族だから、自由主義政党たる自民党の政策が、いかに左翼(極左)思想に汚染されているか?とか特定の政策の遂行が、将来、日本国の子孫らを如何なる危機事態(亡国)に導く可能性があるか?など考えることすらできない、お粗末すぎる知的状態に堕落している(→GHQ占領行政の事実など、中川先生を中心とする我われのグループは、詳細にすべて教授・把握済み!自民党が事実に反する偏狭な結論を纏めるならば、徹底論戦するから覚悟せよ)。

 目前の選挙の得票ばかり(=政治家の私利、政党の党利)しか頭になく、それが国民にバレバレでも、恥じて隠す羞恥心さえ持てず、国家の永続など(否、20年、30年後の子孫の繁栄すら)、どこ吹く風でお構いなしの現在の政治家とは堕落の極み。

 安倍晋三首相率いる自民党議員の政治的堕落・議員の知的頽廃・子孫に対する無責任感のレベルは醜態で評価に値せず。

 もし、このままお粗末にダラダラと進むならば、その結果は今夏の参議院選に必ず現れるだろう。
 
 (安定多数に瞞着して知的頽廃を恥もしない)自民党など、次期参院選は、過半数を超える程度で十分ではないのか?

 私は、今後の政策遂行の在り方を見た上で、時期参院選での自分の態度を決めようと思っている。

 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-01-06 00:47) 

戦車

遂に本性を現にしましたか、一般的に占領期から日本で言われている保守ではなくイギリスの保守。
戦前の日本は悪かったという左翼と変わらない主張ですね。

あと投稿したコメントを消すのやめませんか?
発想がスターリンや毛沢東と変わりませんね。
http://www.fastpic.jp/images.php?file=9072500876.jpg
by 戦車 (2016-01-07 00:21) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 あなた、ほんとにしつこいね。
 読者の皆さん、ルソー教に侵されると、こんな狂った人間になるのです。
 この馬鹿の一例だけでも、ルソーの著作を読む危険性が明確に証明されていますね。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-01-07 22:57) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 ≪平成28年2月3日≫似非保守&真正売国奴 安倍晋三
 
 【中川八洋掲示板】更新情報
 
 『G6は、伊勢志摩サミットをボイコットせよ!
  北方領土をロシアに貢ぐ安倍 
  ──“《侵略の皇帝》プーチンの犬”安倍晋三の制裁こそ正義』
 →http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2016/02/02/124832

 日本国の有権者の皆様、今夏の参院選向けた基礎知識として、必ず読みましょう!
 
 ☆☆☆☆☆

 馬鹿もここまで来ると、単なる馬鹿でなく「確信犯的」と言えよう。

 安倍晋三が本心では日本国の未来などどうでもよく、自分の人気と任期さえ長く続けばよいと考える、思い上がった、イタチ言葉ならぬイタチ行動をとる、真正の売国奴と見做すのが正しい見方であろうか?

 米国では大統領選にむけた指名争いの初戦、アイオワ州党員集会が実施され、

 (1)民主党では、クリントン前国務長官の陣営が「民主社会主義者」のサンダース氏に僅差で勝利した(とされている。現時点情報)。
 
 (2)一方、共和党では、クルーズ上院議員が、(暴言吐きの)不動産王トランプ氏の前評判を覆して勝利した。
 
 いずれの結果も、米国には一定数以上の良識者(エリート/知識人)が必ず存在しており、社会主義嫌悪、人間道徳・品格尊重の意思が示された結果と言えよう。日本国の知識人は概ねすべてリベラル(=見かけ上、自由主義を思わせる社会主義者)ばかりで、これ自体すでに自由日本亡国の前兆であろう。)

 なお、(1)に関しては、自由主義大国米国においてさえ、19世紀~20世紀の人類を、設計主義的合理主義の宗教的迷信・虚偽に誘い込んだ社会主義/共産主義思想が、米国民の中産階級以下の大部分に浸透している事実を示しており、私としては驚愕を覚えるもの事実。

 ハイエク曰く、
 「社会主義者の目標やプログラム(及び社会正義)は事実として達成や実効が不可能なのである。そしておまけととして敢えて言えば、論理的にも不可能なのである。こうして、しばしば主張されるのとは反対に、これらの(=自由主義/資本主義か、社会主義/共産主義かの)問題は単に異なる利害や価値判断の問題ではないのである。」(『ハイエク全集Ⅱ-Ⅰ「致命的な思い上がり」』、春秋社、7頁)

 →これについての詳細について、私は、時を改めて、別途詳しくまとめてみたいと考えている。

 (2)に関してトランプ氏及び(ロシア信者の売国奴)安倍晋三の空疎な暴言や虚言について、バークのフランス国民議会に対する名言を示しておきたいので、拳拳服膺して読まれたいと思う。

 バーク曰く、
 「私は国民議会の民衆指導者の中には相当な才能の人びともいると確信しています。彼らの中の幾人かは演説や著述で雄弁を示しています。こうした雄弁は力強く洗練された才能なしにはあり得ません。しかし雄弁はそれに見合う程度の智惠がなくても存在できるのです。ですから、能力について語る場合、雄弁と智恵とを区別しなければなりません。すると、自分達の体系を擁護するために彼らが行った事柄からは非凡な人間がいるとわかります。ところが、彼らの体系自体の中で、国民の繁栄と安全を確保し、国家の力強さと壮大さを促進するために構成された共和国の計画を取ってみれば、そこには包括的で整合的な精神の働きどころか、月並みな慎慮の水準すら示されている実例を一つたりとも見出せないと私は認めざるを得ないのです。」(バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、210~211頁相当、邦訳修正:私)

 以 上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-02-03 01:04) 

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≪平成28年2月5日 誤字脱字の修正版≫同一労働・同一賃金(=とうに破綻した、マルクスの労働価値説の変形復活か?)

 正規社員(雇用)と非正規社員(雇用)の賃金区別の是正の意味で使おうとしている、「同一労働・同一賃金」という用語だが、極めて慎重に意味を限定して使用しなければ、日本経済を委縮・破綻させるかもしれない危険性があるので一言、重要な点を述べておく。

 例えば、「同一労働・同一賃金」の用語の定義が、市場経済全般に、一般的に拡張解釈して適用された場合、

 (1) 何を基準として「異なる労働」を「同一の労働」であるとみなすのか。
 そもそも、そのようなことが可能なのか(実際には、不可能だろう)。
 雇用主または労働者のいずれか一方が、「あいつと俺は同一労働(職種・時間)だ!だから、同じ賃金が払われないのは不公正だ!」などと訴えれば、「あいつと俺の生み出した、サービス・商品・アイデアの市場の需要・価値が全く異なっていても「同一労働」であるから「同一賃金」が支払われるべきだと結論されるのだろうか。
 ・・・etc.の問題が、経済のあらゆる場面で生じるだろう。

 (2) (1)と同じことだが、同種・同時間の既に為された労働が単純に、「同一労働(価値)」とは成り得ない。
 労働の結果としてのサービスや生産物の価格は、それが市場の(=消費者の)需要に対して与える「価値」によって左右され、それによって労働の価値(対価)が決定されるのであり、既に為された労働量のみで決定されるのではない(→ここでは、原材料費や生産手段その他費用は2者同一と見なしている)。

 例えば、同じ時間・同じ労働の仕方で山の岩を掘る作業でも、そこから金が見つかる金鉱での場合と、ダイヤモンドが見つかる場合と、御影石が発掘される場合・・・等々では、それぞれの労働者の労働の価値(=賃金・対価)は、結果としての生産物の市場での需要(価値)によって全く異なってくるだろう。

 「同一労働・同一賃金」あるいは「マルクスの労働価値説」は、一見極めてもっともらしく聞こえる(見える)が、実は全くのデタラメで、上記ような市場の価格形成原理や物・人の価値の複雑な決定過程を全く理解しない(=無視した)愚かな謬論でしかない。

 このようなことは、(自由主義経済学の)限界効用理論(→経済学では「限界革命」と言われる偉大な発見であった!)の教える常識であろう。 

 上記の鉱山労働のケースなどは、経済学など全く知らない、中学生でも少し考えれば解るはず。

 労働価値(種類・時間)のみで労働報酬(賃金・価値)が決定される、すなわち、「既に為された労働内容によってのみ、その労働報酬が決定される」などという「同一労働・同一賃金」とは、とうの昔に破綻したマルクスの労働価値(説)の、名前を変えた復刻・導入の意味なのであろうか?

 ゆえに、「同一労働・同一賃金」などという用語は安易に導入すべきではない。もし、導入するなら、その定義(意味)・適用範囲等を、極度に限定しなければならないが、おそらくその定義や範囲の限定作業すら困難を伴うであろう。

 もし、この用語が、マルクス主義の破綻した労働価値説としての拡張された意味で、日本国の経済市場に導入されるならば、日本経済は即座に委縮に向かい、労働市場は、労働と価値の「同一性」の意味をめぐって(社会主義)闘争化して紛糾するだろうし、そうなれば遠からず日本経済は破綻するもしれない。

 兎も角、良識者は、「同一労働・同一賃金」などという用語を聞けばすぐに、怪しげで、危険な、(そして、少し考えれば)意味不明の、左翼用語ではないか?と疑問を持たねばならないであろう。

 以 上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-02-06 00:17) 

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≪平成28年2月6日≫マルクスの挫折

 ハイエク曰く、
 「アダムスミスがはるか以前に〈見えざる手〉のメタファーで述べた市場過程についての説明はいまだメタファー的で不完全な性格ではあったが、その種の自己秩序化過程の最初の科学的な説明であった。その市場過程に満足な説明を与えたのは、1870年代の〈限界革命〉だけであった。
 ・・・(ジョン・スチュアート・)ミルの影響がどうであれ、マルクス経済学は今日依然として、相互作用の高度に複雑な秩序を、きわめて複雑な現象の説明の足掛かりとなるような自己秩序化的過程の原型として(説明する)よりも、むしろ個々の因果的な結果によって説明しようとしている。だが、言及するに値するのはこうである。すなわち、ホアキン・レイグが
 〔マルクスの搾取理論に関するE・フォン・ベーム・ヴァベルクのエッセーのスペイン語訳1976への序において〕
 指摘したように、ジェヴォンズやメンガーの著作を学んだのちに、どうやらカール・マルクスその人は資本についてのさらなる研究を完全に断念したようなのである。
 もしそうであるとしたなら、彼の信奉者たちは明らかに彼ほどに賢くなかったわけである(し、現在の信奉者は、なお一層輪をかけて、そうである)。」(『ハイエク全集Ⅱ-1「致命的な思いあがり」』、春秋社、220頁、222頁、〔 〕内著者、(  )内:私の補足)

 以上、(参考までに)。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-02-06 10:10) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年2月29日≫暴言王トランプには、親米主義の私もうんざり!

 ・「でくの坊」「弱虫」などと相手の人格批判
 ・「私に歯向かう者はボロボロになる」などの「脅迫論証」
 ・「それについては話したくない」
 ・「日本が攻撃されれば、米国は助けに行かなければならない。だが、われわれ(米国)が攻撃を受けても、日本は助ける必要はない。日米安保条約は不公平だ」
 ・「米国は韓国を守っても得るものはなく、守る必要はない」
 ・「安倍(晋三首相)は頭が切れる。キャロライン・ケネディ(駐日米国大使)は安倍氏に飲まされ食わされ、日本が望むことを何でもするようになった」
 ・「南部の(メキシコとの)国境に『万里の長城』を築く」
 ・日本は米国に何百万台もの車を送ってくるが、東京で(米国製の)シボレーをみたことはあるか?」
 etc. etc. etc. etc. …………………………………….

 こんな下劣な暴言ばかりを吐くトランプ氏が、本当に、あの偉大な自由大国である米国大統領の共和党候補に選ばれるのだろうか?

 法的正義と美徳ある自由の精神から導かれる叡智を伴わない暴言は、必ず悪徳行為に直結する。
 真なる自由の保守という原理原則を持ち合わせない大統領(候補)は、自己の「恣意」のみによって、諸外国を敵味方に分類する外交姿勢を取るだろう。
 その結果は、共通の自由主義の諸原則や価値観の有無と無関係に、あらゆる諸外国を、米国自らの手で、敵に回すことになりかねないだろう。
 米国の良識者が国家的名誉をかけて立ち上がり、最後の巻き返しを図る努力を惜しまないことを、遠く離れた日本国から祈るばかりである。
 
 いくつか参考に、保守主義の新聞記事・文献から引用しておく。

 ◇ The Post’s View
 ---By Editorial Board February 24
 GOP leaders, you must do everything in your power to stop Trump

 THE UNTHINKABLE is starting to look like the inevitable: Absent an extraordinary effort from people who understand the menace he represents, Donald Trump is likely to be the presidential nominee of the Republican Party. At this stage, even an extraordinary effort might fall short. But history will not look kindly on GOP leaders who fail to do everything in their power to prevent a bullying demagogue from becoming their standard-bearer.
 A few days ago we criticized Republican National Committee Chairman Reince Priebus for his assertion that a Trump victory in November would silence the doubters. “Winning is the antidote to a lot of things,” Mr. Priebus had said. We argued that winning would not erase the bigotry and ugliness of Mr. Trump’s campaign, nor remove the dangers of a Trump presidency. On Wednesday, the GOP chairman, perhaps wanting to show that he can match Mr. Trump in eloquence, responded: “That is the stupidest editorial that I have ever seen.”
 So it falls to other leaders to decide if their party will stand for anything other than winning. A political party, after all, isn’t meant to be merely a collection of consultants, lobbyists and functionaries angling for jobs. It is supposed to have principles: in the Republican case, at least as we have always understood it, to include a commitment to efficient government, free markets and open debate.
 Now it is faced with a front-runner who, in the interval between the two Priebus comments cited above, said of a protester, “I’d like to punch him in the face.” This is a front-runner with no credible agenda and no suitable experience. He wants the United States to commit war crimes, including torture and the murder of innocent relatives of suspected terrorists. He admires Russian dictator Vladimir Putin and sees no difference between Mr. Putin’s victims and people killed in the defense of the United States. He would round up and deport 11 million people, a forced movement on a scale not attempted since Stalin or perhaps Pol Pot. He has, during the course of his campaign, denigrated women, Jews, Muslims, Mexicans, people with disabilities and many more. He routinely trades in wild falsehoods and doubles down when his lies are exposed.
 Certainly there are Republican leaders who understand all this: people such as House Speaker Paul D. Ryan (Wis.); former president George W. Bush and former presidential nominees Bob Dole, John McCain and Mitt Romney; and governors, senators and community leaders across the country. Some have spoken up over the course of Mr. Trump’s campaign, and then stepped back; others have been silent. The silence may reflect an absence of courage and also an element of calculation: There was an assumption that Mr. Trump would fade, and that confronting him would only make him stronger.
 The calculations have proved wrong. If Mr. Trump is to be stopped, now is the time for leaders of conscience to say they will not and cannot support him and to do what they can to stop him. We understand that Mr. Trump would seek to use this to his benefit, and that he might succeed. But what is the choice? Is the Republican Party truly not going to resist its own debasement?

☆☆☆

 ◇ Russell Kirk thought that there were six canons of conservative thought.
(1) Belief in a transcendent order, or body of natural law, which rules society as well as conscience. Political problems, at bottom, are religious and moral problems…True politics is the art of apprehending and applying the Justice which ought to prevail in a community of souls.
(2) Affection for the proliferating variety and mystery of human existence, as opposed to the narrowing uniformity, egalitarianism, and utilitarian aims of most radical systems…
(3) Conviction that civilized society requires orders and classes, as against the notion of a "classless society."…If natural distinctions are effaced among men, oligarchs fill the vacuum. Ultimate equality in the judgment of God, and equality before courts of law, are recognized by conservatives; but equality of condition, they think, means equality in servitude and boredom.
(4) Persuasion that freedom and property are closely linked: separate property from private possession, and Leviathan becomes master of all. Economic levelling, they maintain, is not economic progress.
(5) Faith in prescription and distrust of "sophisters, calculators, and economists" who would reconstruct society upon abstract designs. Custom, convention, and old prescription are checks both upon man's anarchic impulse and upon the innovator's lust for power.
(6) Recognition that change may not be salutary reform: hasty innovation may be a devouring conflagration, rather than a torch of progress. Society must alter, for prudent change is the means of social preservation; but a statesman must take Providence into his calculations, and a statesman's chief virtue… is prudence.

☆☆☆
 ◇ Edmund Burke said,
Through the same plan of a conformity to Nature in our artificial institutions, and by calling in the aid of her unerring and powerful instincts to fortify the fallible and feeble contrivances of our reason, we have derived several other, and those no small benefits, from considering our liberties in the light of an inheritance. Always acting as if in the presence of canonized forefathers, the spirit of freedom, leading in itself to misrule and excess, is tempered with an awful gravity. This idea of a liberal descent inspires us with a sense of habitual native dignity, which prevents that upstart insolence almost inevitably adhering to and disgracing those who are the first acquirers of any distinction. By this means our liberty becomes a noble freedom. It carries an imposing and majestic aspect. It has a pedigree and illustrating ancestors. It has its bearings and its ensigns armorial. It has its gallery of portraits, its monumental inscriptions, its records, evidences, and titles. We procure reverence to our civil institutions on the principle upon which Nature teaches us to revere individual men: on account of their age, and on account of those from whom they are descended. All your sophisters cannot produce anything better adapted to preserve a rational and manly freedom than the course that we have pursued, who have chosen our nature rather than our speculations, our breasts rather than our inventions, for the great conservatories and magazines of our rights and privileges.


…The effects of the incapacity shown by the popular leaders in all the great members of the commonwealth are to be covered with the "all-atoning name" of Liberty. In some people I see great liberty, indeed; in many, if not in the most, an oppressive, degrading servitude. But what is liberty without wisdom and without virtue? It is the greatest of all possible evils; for it is folly, vice, and madness, without tuition or restraint. Those who know what virtuous liberty is cannot bear to see it disgraced by incapable heads, on account of their having high-sounding words in their mouths. Grand, swelling sentiments of liberty I am sure I do not despise. They warm the heart; they enlarge and liberalize our minds; they animate our courage in a time of conflict. Old as I am, I read the fine raptures of Lucan and Corneille with pleasure. Neither do I wholly condemn the little arts and devices of popularity. They facilitate the carrying of many points of moment; they keep the people together; they refresh the mind in its exertions; and they diffuse occasional gayety over the severe brow of moral freedom. Every politician ought to sacrifice to the Graces, and to join compliance with reason. But in such an undertaking as that in France all these subsidiary sentiments and artifices are of little avail. To make a government requires no great prudence. Settle the seat of power, teach obedience, and the work is done. To give freedom is still more easy. It is not necessary to guide; it only requires to let go the rein. But to form a free government, that is, to temper together these opposite elements of liberty and restraint in one consistent work, requires much thought, deep reflection, a sagacious, powerful, and combining mind.

 以上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-02-29 01:37) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年3月7日≫
 Nancy Reagan 元大統領夫人が逝去されました。
 心より哀悼の意を表します。
 And We Japanese wish she and her beloved husband are together again and forever.

◇ VOA News

 Former First Lady Nancy Reagan Dies at 94

http://www.voanews.com/content/former-first-lady-nancy-reagan-dies-at-age-94/3221917.html

 ◇ The Washington Post
 
 Nancy Reagan’s toughest battle: The ‘long, long goodbye’ to the man she loved

 →https://www.washingtonpost.com/news/morning-mix/wp/2016/03/06/nancy-reagans-toughest-battle-wasnt-drugs-or-guns-it-was-the-long-long-goodbye-to-the-man-she-loved/?hpid=hp_hp-top-table-main_mmix-alzheimers620p%3Ahomepage%2Fstory

 ◇◇◇

 米国・米国民の政治的偉大さ・底力は深淵かつ不動。
 ゆえに、日本国の永続を願う、私の親米(英)主義も絶対不変。

 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-03-07 23:05) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年3月9日≫阿呆ブログに振り回される愚鈍の日本政治

 堕落した劣悪な精神の持ち主(阿呆国民)のブログ文面に、日本国の愚鈍政治家どもは、いつまで振り回され続けるのだろうか?
 このような阿呆ブログの、幼稚な内容が国会で真面目に、いつまでも取り上げられること自体、日本国の政治レベルの堕落を象徴しているといえよう。

 以下に、この阿呆ブログ主の文面を引用するが、一言明言しておきたい。
 この人(ブログ筆者)は、子供を産み育てる(教育する)ことや自分が勤労に励むことなどの「人が自分の人生を生きること」の意義が十分に理解できていない未熟者なのであろう。
 また、この人の言う、「反日本(=日本死ね!!!)」は、「保育園落ちたから」ではなく、ずっと以前からの信条であったこと、そして、その信条がどのような<政治教義>の吸引に由来しているのかは、読んで字の如く「自明」ではないか。
 少なくとも、
 「一個人が保育園に落ちたから、日本(=国民全員)が死なねばならない」
 のなら、常時(=自民党でなく、日本共産党や社民党や民主党など如何なる政党が政権をとっても常に!)日本国・日本国民は、今直ちに亡びよ、ということに帰着する。
 また、気の毒だが、この人は、仮に保育園に当たっていたとしても、社会で活躍したり、子育てを上手くできるとは全く思えない。
 もし、この人が、社会主義的な「社会正義」に訴えたいならば、先ずもって己自身の無知・不道徳・無責任・無法を心から自省して矯正し、社会正義を唱えるだけの個人的資質を備えるべきではないのか?
 このように、このブログ(少なくとも、この記事内容に関して)は、全く読む価値も取り上げる価値もないのない、阿呆馬鹿内容であり、このようなブログ内容(文面)を国会へ持ち込み、また、それをまじめにいつまでも議論している、日本国の政治家の資質は極度に劣悪であり、最低レベル未満である。

 (以下、阿呆馬鹿ブログの文面を引用)
 
 保育園落ちた日本死ね!!!
 何なんだよ日本。
 一億総活躍社会じゃねーのかよ。
 昨日見事に保育園落ちたわ。
 どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。
 子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?
何が少子化だよクソ。
 子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。
 不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。
 オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。
 エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ。
 有名なデザイナーに払う金あるなら保育園作れよ。
 どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。
 ふざけんな日本。
 保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。
 保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。
 国が子供産ませないでどうすんだよ。
 金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償にしろよ。
 不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ。
 まじいい加減にしろ日本。

 (引用終わり)

 オリンピック、エンブレム、不倫、賄賂等々は、この人が「保育園落ちた(=他の人で保育園に入れた人もいる)」こととは無関係の別種の政治的・道徳的問題であり、問題の関連付けは、明白な「すり替え」である。

 実際、こんなことを書かねばならないこと自体、なんと馬鹿馬鹿しいことか!

 以 上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-03-09 08:03) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年3月9日≫男系男子の皇統は日本国の”法”
 
 【中川八洋掲示板】更新情報

 “平成の尾崎秀実”田久保忠衛の怖ろしい正体 ──“隠れ共産主義者”田久保の“保守偽装”演技力は、尾崎秀実の百倍

http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2016/03/09/101256
 
 良識ある日本国民は必ず読んで、我われと共に、真なる日本民族の名を穢し、亡国に至らしめる「(反日)偽装保守ウィルス」を殲滅しよう!

 ☆☆☆

 国連女子差別撤廃委員会が、
 
 我が国(日本国)の二千年以上の永き歴史を有する、世界で唯一の、男系男子皇統の世襲継承を定める皇室典範(=皇位継承の”法”=歴史上のすべての日本国民の”法”)に対し、
 人権(人間の権利と権利の平等)の観点から、女系天皇への道を開く改正勧告を盛り込もうとした(最終的には盛り込まれず)ということは誠に遺憾であり、強い憤りすら覚える。

 あまりにも、軽率かつ愚かというか、逆に、我が国の天皇(皇室)制度の破壊を恣意している節が見え隠れしている。

 しかし、このような勧告内容を、主権国家である我が国に突き付ける、当委員会の行為は、
 国連憲章に定める、民族自決権及び内政不干渉の原則(→憲章、第1章 第1条第2項、第2条第7項等)違反の疑いが濃厚であり、一種の国制打倒をめざすテロ行為(テロ未遂)ではないのか?

 我々日本国民の多数(=すべての歴史上の祖先らを含む)にとって、二千年以上の間、世襲継続するの男系男子皇統を戴く天皇(皇室)制度とその皇位継承法(=かつて慣習法→明治時代に皇室典範に慣習を明文化)は、日本国・日本国民の”国法”であり、国家・民族の基軸である。

 これらは現行の日本国憲法・皇室典範にも明文化されている(→日本国の天皇は国民統合の象徴である)。

 ゆえに、日本国の国内法上、すべての日本国民は”法の前に平等”であるが、
 天皇(皇室)・皇室典範は現行憲法よりも古い、さらに上位にある”法そのもの”であり、
 人権(人間の権利)としての男女平等権、あるいは国民の権利としての男女平等権は、法の下位にあり、そのようなもので、国法・国制は変更されない(できない)。

 このように、国連女子差別撤廃委員会の勧告未遂事件は、国際法上の内政不干渉・民族自決権に対する違反であり、かつ日本国の国制・法(伝統・慣習)を無視した、暴挙の未遂事件と言えるのではないか?

 私は、「人権(人間の権利)の平等」の重視を唱える国連の委員会が、その「勧告」によって、一国の国制・法が破壊され、その国家・国民の永続を危殆に曝すことを、「正義」とか「善」とかと致命的な勘違いしているならば、そのような委員会等は、廃止・権限縮小を検討するよう国連に意見書を上程するか、あるいは日本国政府が人権委に関連する条約・規約から離脱するか、限定的に条約・規約の欠陥条項に留保をかけて我が国に適用除外にするか検討すべきであると考える。

 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-03-10 00:15) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 ≪平成28年3月21日≫どこまで極左化する?安倍自民党。
 
 ■ フリ-・スクール礼讃待遇で、義務教育課程の普通学校の知的レベル・道徳レベルは一直線に堕落し、自由主義社会は崩壊する。

 フリー・スクールを義務教育と同等に扱うことが、学校破壊の共産主義戦略であることに、(阿呆ばかりの)自民党は何故気付かないのか?

 この推進者は、80%共産主義者・安倍晋三首相&共産党シンパ・馳浩文科相
 →稲田朋美政調会長の野放しにより、今月(H28年3月)中に法案(多様な学び補償法?)が議員立法・制定の危機にある。
(→稲田朋美は阻止するのか、しないのか?)

 世界標準のフリース・クール=脱学校化(社会)の思想について、イヴァン・イリッチの狂った言説(→脱学校=脱資本主義すなわち、脱学校化=資本主義潰しの共産革命)の本心を見極めよ!

 (イリッチの論理は、自由主義社会・資本主義社会の学校教育を破壊しなければ、共産社会は訪れない!というものであって、不登校者・登校拒否者の救済などどうでもよいことが本音であろう!)
 
 イリッチは言う、
 「学校は、(終りのない消費という)儀礼の参加者に国際的ゲームに参加するよう指図する。このゲームは、競技の参加者にプレイできない者、あるいはプレイをしようとしない者を世界の悪者として非難することを義務付ける。学校は、漸進的に消費を増やすという神聖なレースに参加者を導きいれる入会の儀式である。学校はアカデミックな牧師が忠実な信者たちと特権や権力の神との間の調停役をつとめるなだめの儀礼であり、中途退学者たちに教育的に未発達であることの贖罪の山羊という烙印を押し、彼らを生贄にする罪滅ぼしの儀礼である」(イヴァン・イリッチ『脱学校の社会』、現代社会科学叢書、89頁)

 さらにイリッチは脱学校化の教説が、極左革命であるとはっきり言っている。
 イリッチは言う。
 「学校の中ではじまり、しかも搾取者としての教師と被搾取者としての生徒の両者の意識の中に基礎をおいている解放運動は、しようと思えば将来の革命の戦略予示することができよう。というのは脱学校化という急進的な計画に基づく新しい様式の革命の中で若者を訓練することができるからである。この新しい様式の革命は、義務的な<健康>、<富>、<安全>を特色とする社会制度に挑戦する場合に必要なものなのである。学校に対する反乱を引き起こしたときに生じる危険を予見することはできない。・・・学校はまだ自己防衛のためには国民国家ほどには・・・効果的に組織されていない。学校の支配からの解放は無血でなしうるであろう。・・・)

 日本のフリー・スクールは、IDEC(世界フリースクール大会)などと結びついて運動しており、イリッチ理論は他国における空言ではすまされない(=日本のフリー・スクール経営と決して無縁ではない)。

 「多様な学び補償法?」法案成立阻止!

 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-03-22 00:02) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年3月22日≫どこまで極左化する?安倍自民党2。

 はじめに前回コメントの誤字を訂正します。
 (誤)「多様な学び補償法?」法案成立阻止!→「多様な学び保障法?」法案成立阻止!

 ■ 反・結婚主義を目論むフェミニズム革命LGBT「同性婚」の法制化を許容するのか、安倍首相・菅内閣官房長官・馳浩文科相・稲田朋美政調会長?安倍自民党は、実は日本共産党のフロント組織と成り果てたのか?

 ひとかけらの知性もなく、真善美の区別の判断力も持ち合わせないように見える、脳内空洞アホ議員の集合体である、現在の安倍自民党は、国内政策においては、ほとんど(選挙目当ての表面的言辞とは裏腹に、実践行動は)日本共産党のフロント組織・別動隊の様相を呈してきている。

 例えば、平成27年9月30日、稲田朋美政調会長は、米国ジョージタウン大(米国保守主義のシンクタンク)の講演において、

 「保守政治家と位置付けられる私だが、LGBTへの偏見をなくす政策をとるべきだ」

 と発言して、反LGBTの聴衆是認があきれ果て(=ドン引きし)、講演後の稲田の思想などへの質疑はゼロ(2015年10月2日付朝日新聞)であった。

 また、2016年2月23日、自民党の「性的傾向・性自認に関する特命委員会の初会合で、稲田朋美政調会長は次のように発言した。

 「多様性を認める意味で自民党こそが取り組むべき問題だ。理解を促進し、差別や不自由さを一つ一つ解決する」

 果たしてこれらの発言は、東京都渋谷区の同性パートナー条例の如き、LGBT同性婚等を国会で法制化すると言う意味なのだろうか?

 LGBTの同性婚を「婚姻の平等、家族重視の平等」として許容し、同性婚と異性婚(=唯一正しき婚姻)との区別を消滅させるという、超極左の共産革命を、自民党は歓迎すると言う意味なのだろうか?

 ところで、このコメント欄ではこの問題に割く紙幅がないので、それは別途ブログ本論に近いうちに掲載しようと考えているが、ここでは、LGBT同性婚と異性間の婚姻との間にある、厳然たる絶対真実(絶対区別)、人類普遍法を述べておこう。
 
 「Lであれ、Gであれ、Bであれ、Tであれ、あるいはLGBTを擁護する誰であれ、すべての者が、100%全員、異性間の婚姻から誕生したのであって、例外はゼロ。これは人間生命誕生の普遍原理=科学的真理である」

 それでも、LGBT同性婚やLGBT家族に、異性間婚姻・家族と平等の権利・地位を与えることが正しいと言う者は、この上位の真実・普遍法(あるいは科学的真理)を覆してみよ。

 人間は自分の立っている土台・基礎(=自生的秩序と法)があってこそ、その土台の上ではじめて、自由に意見や権利を主張できるのであって、土台・基礎を取り払う自由権利など持ち合わせない。そのような誤った言説は、単なる自由破壊の行為であって、法の下の平等でも、法的正義でも、自由権でも、人間道徳でも何でもない。

 日本国の真なる保守(自由)主義者は、超極左化した秩序破壊幇助を目論む、安倍自民党の進める、
 
 LGBT同性婚推進=ジェンダー・フリー共産革命=民法破壊=法・自生的自由秩序の破壊・喪失

 を、断固として阻止しよう!

 以 上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-03-22 07:26) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年3月26日≫一個人の自由な価値観の主張を弾圧する日本社会の悪しき風潮について。

 【閑話休題】 「実は、働く女性・ワーキングマザー等が、女性の鏡(=最高・最善の女性の生き方)であるという価値観に、根拠などそもそもゼロである。」


 ≪「働く女性」「ワーキングマザー」が女性の生き方の「鏡」である≫

 このように主張しない者は、「女性差別論者」であるという風潮・流行が、昨今の日本社会には非常に強く、これに反する主張をした者は、マスメディアや女性団体や教育委員会等々から糾弾され、発言を撤回させる。そして二度と発言させないようにするのが「正義」であるかのような酷い勘違いが、まかり通っている。
 自由社会の個人的自由の存立にとって、極めて忌々しき事態である。

 このような行為流行あるいは思想潮流は、自由社会である日本国が、言論弾圧の全体主義(=社会主義・共産主義)国家へ一直線に進みつつある危険なシグナルと見るべきである。

 ちなみに、日本国民の中にも、以下のような極端な価値観(あるいはその中間態の穏健なもの)を持つ者もいるであろう。

 ☆☆☆

 粗暴で、あるいは怒りっぽくて、あるいは礼儀・礼節がなくて、あるいは不純・不潔で、あるいは男か女か区別がつかず、あるいは反抗的・自己中心的で、あるいは口うるさい、見ていて極めて不愉快な「働く女性」「ワーキングウーマン」よりも、

 ≪優しく、あるいは温和で親切で、あるいは礼儀正しく控えめで気品があり、あるいは貞節・従順で、心の澄んだ女性で、あるいは男女相互に協調的で円満思考で、あるいは物静かで、見ていて心から惹かれる美しい「専業主婦」「家族重視・子育て・子供の教育・躾重視の女性」の方が遥かに女性として美しい価値を持っている≫と考える。

 ☆☆☆

 というような(古い?)価値観だ。

 だが、実際には、世の男性の多くが、後者のような女性に惹かれるものであり(男性の本性であろうか!)、とりわけ、自分が一生を共にする結婚相手の女性像となれば、なおさらそう思うのが自然であろう。
 理由は、極めてシンプルで、誰であれ、毎日自分の家・家族・夫婦・親子・兄弟姉妹等々が皆、明るく、穏やかで、楽しく、快適に暮らしたいからである。

 だが、そういった価値観もまた、ある個人の自由な価値観であっても、他者の中には、全く逆の価値観(前者のタイプの女性を好むなど)の人もいるだろう。

 いずれにせよ、重要な事は、その立場が公務員であれ、教師であれ、政治家であれ、タレントであれ、何であれ、一個人としてこのような価値観を公言する行為それ自体は、それが法と道徳の支配の遵守の下において、他者の行動に対する物理的強制力を伴わないものであれば、個人的自由の許容領域にあるということだ。

 このような個人的自由の領域内の発言に対して、これを二度と発言させぬようにマスメディアや行政組織(どこぞの教育委員会)など、特定の権力団体(組織)が、権力を楯にして、それ自体が偏向しているところの「社会的・政治的圧力」をかけることは、これこそ甚だしい国民の権利に対する侵害であり、権力乱用であり、虚構かつ勘違いの甚だしい「社会的制裁」という「似非正義」の象徴であろう。

 「働く女性」「ワーキングマザー」等は、女性の生き方の中の、単なる一価値観にすぎず、これが絶対的真理であるとか、法的正義であるとか、最も素晴らしい女性の姿であるとか、女性の絶対的価値であるとかの根拠など「ゼロ」であり、「迷信」であり、女性がこうした生き方を選んだ方が、別の生き方を選んだ女性よりも、幸せになれる絶対保障も確実性もゼロであり、実際にも、人間の幸福などそんなスタイルや外観だけから判断できるものではなかろう。

 また、どこぞの女性タレントか元女性アイドルかのように、「働く女性」「ワーキングウーマン」の価値を絶対的真理と仮構して、その仮構を基準として、PTA組織の運営のあり方を批判し、あたかも「専業主婦」「家庭・家族を大切にする女性」にその義務を押し付けるのを正当化するごとき考え方は、私の個人的意見としては、究極の愚論に思えてならない。

 一方で、こうも言える。
 「専業主婦」「家族重視・子育て・子供の教育・躾重視の女性」の道を選んだ女性でも、如何にすれば、幸福に生き、満足して自分の生を終えることができるかという事例は、人類あるいは日本国民の過去の経験(歴史・伝統・慣習・文化等々)の中に数限りなく存在しており、見つけ出して、個人なりに模倣してみることにさほど困難などあるまい(その時々の結果が予定通りにいくかは、必ずしも保障されないが、くじけず努力することはできるだろう)。

 いずれにせよ、個人が(それが私人であれ、公人であれ、)このような価値観(意見)を述べること自体をマスメディアや教育委員会などが、その公的権力を用いて封殺する行為は、自由社会では最も許されない暴挙と心得るべきではないか。

 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-03-26 02:13) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年3月28日≫言論弾圧機関「大阪市教育委員会」

 大阪市教委は自由な、日本国の現状を憂えた、極めて正当な発言(言論)を弾圧する機関!

 全く正常な言論をした寺井寿男校長を辞任させた(=再任用を事実上断念をさせた、物理的権力行使!した)大阪市の能無し・愚鈍教育委員らは、全員即刻辞任せよ!

 全国の真正保守(自由)主義者は、言論弾圧した大阪市教育委員会を、言論(=FAX&電話&市庁舎への直談判etc)により徹底攻撃しよう!

 そして、現在の大阪市教委を完全解体に追い込もう!

 【参 考】産経Web
http://www.sankei.com/west/news/160313/wst1603130046-n1.html

 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-03-28 00:53) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年4月1日≫朝日新聞の消滅=日本国の繁栄・永続である。

 【中川八洋掲示板】更新情報
 ◇日本女性の“幸福な人生”を善導した寺井壽男・中学校長に嚙みつく、“人喰い鬼畜記者”ばかりの朝日新聞
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2016/03/31/203910

 ◇◇◇◇◇

 中川八洋曰く、
 「そもそも近代を経た現代の文明社会では、人間は、かつてよりも、はるかに多様な職業/多様な生活スタイルを選択できるようになったのは事実。が、多様な人生を選択することにはなっていない。

 なぜなら、人類発祥の百万年以上、生を受けて死を迎えるmortalityにおいて、人間の人生は、その本質や根幹が不変であるからだ。人間の人生は、古代も現代も変わることなく、「多様」などとは無縁である。もっと直截的にいえば、生ある者すべて、墓に入るか散骨されるか野垂れ死をするかの差を除けば、人類史の百万年間変わることなく、画一的に死を迎える。  

 人間の人生に変化は生じていないことは、古代エジプトに初めて人類の社会ができた以降の、ここ数千年間だけを思い起こせば、充分に自明だろう。『万葉集』を紐解いて飛鳥時代や奈良時代のわれらが祖先の日本人の人生に共感できるのは、人生が本質で変化していないからである。NHKの大河ドラマ『眞田丸』をみて、日本人の誰もが、卑近な自分の人間関係などに思いを馳せるのは、人生の基本が同一だからである。

 この理由の一つは、人間とは、運命において生を授かり人生を送るに当って、“老後を迎えたとき、死を迎えたとき、悔いなき人生であったか否か”が本質で、これが不変だからである。だから、大人には、乳幼児を無事成長し得た次代の若者に対して、“死を迎えるまでの(今では)八十年間の人生を歩むに、不幸遭遇率の最小化を図る一般指針を与える”責任を果たす義務があるのである。」(中川八洋掲示板、上記記事より抜粋)

  ◇◇◇◇◇

 →人類とは、ゴキブリのような生物とは異なり、好むと好まざるとに関わらず、人間固有の道徳的伝統・法・慣習などを、永い歴史過程において形成・遵守・改善する努力を継続してきたことによってこそ、今日まで存続できたし、文明を漸進的に進化させ得たのである。

 だからこそ、我われ現代人も(→文明の人間・一国の国民であり、ゴキブリではないのだから!)それらの祖先の遺した一定の伝統を学び、模倣し、子孫に継承して行くことは生存と永続のために必要な疑いえぬ義務なのであり、放棄できる選択肢ではない。

 なぜなら、それらは人類の文明の自生的秩序(=自己秩序化力)の所産であって、特定の時代の・特定の個人や特定の権力機構の・意図的な意思や全体契約によって創造したものではない以上、現在の個人や権力機構が設計主義的に改変し、あるいは放棄できるものでは(事実としても、理論的にも)ないからだ。

 それらの教えるものは、特定の個人や集団が理性的に理解できるものではなくても、それに従うことで個人がそれぞれの個人的目的を追求することを可能にする(と過去が無言で証明しの遺してくれた結果としての)絶対的基盤(羅針盤)なのであって、

 例えば、ケルゼンなどの法実証主義(人定法主義)やフーコーなどに代表されるポスト・モダンなどの価値相対主義の言説は、

 ・ 人類の文明の自生的秩序の形成過程と形成物の価値に関する愚かなほどの無知と憎悪、

 ・ それらの伝統的価値自体と、その基盤の上に根本的に立脚し、それらによって制限されざるを得ない、あらゆる諸個人の自由な目的(=意志)、(あるいは特定の時代の凶悪なデマゴーグのデマゴギーに犯された社会の一時的な無法・無道徳・無宗教的風潮・流行)
 との間の区別に関する歪曲(=同一化・相対化)
 という誤謬の基礎から発しているのであり、そのこと自体が法実証主義やポストモダン思想の「知の腐敗・知の堕落」を証明しているであろう。

 (フーコーの著作などは、彼自身の主張や価値観に都合の良い、史料的価値のない・怪しい出鱈目な事象ばかりを抽出して、驚くほど整然と合理的・理性的に構成しなおした、一般的歴史叙述を装った、内実は「人類の無秩序への扇動本」であるゆえ、人類にとって、全く無価値なのであるが、もし読者が彼の著作の中に何らかの一貫した理論的的価値を見出すとすれば、それは彼の扇動的な理性主義的構成力の為せる技であって、フーコーとは、彼の批判する近代合理主義の真正の後継者だったとしか言えまい。)
 
 これに対して
 (法や道徳は学習する=教育するものであると、)
 
 ハイエク曰く、
 「どう行動するかを学習することは、洞察や理性、そして知性の産物であるよりも、その源泉である。
 人は賢く、合理的に、そして善く生まれるのではなく、そうなることを教えられなくてはならない。
 道徳をつくったのはその知性ではなく、むしろ道徳に規制された人間の相互作用が、理性とそれに関連する諸能力の成長を可能にするのである。
 人間は学習すべき伝統-----本能と理性の間にあるもの-----があったから知的になったのである。
 ひるがえって、この伝統は観察事実を合理的に解釈する能力ではなく、それに応答する習慣から生じたのである。まず第一に、それは人に対して、何が起こると期待すべきかよりも、むしろ一定の条件下で何をすべきか、あるいはすべきでないかを教えるのである。」(『ハイエク全集Ⅱ-1「致命的な思いあがり」』、春秋社、26~27頁)

 最後に、 “赤い悪魔”赤尾勝己と朝日新聞の言説を中川八洋先生のブログから引用するが、人類やその文明が何かすら理解できぬ、愚鈍の戯言に聞こえるであろう。

 ◇◇◇

  ① 「人生をどう生きるかは個人個人で考えることで、他人が指図することではない」

 ② 「社会には結婚をしたくてもできない人がいる」

 ③ 「夫婦になっても子供を産まないという選択肢もある」

 ④ 「寺井校長の発言は、多様な生き方を否定するような発言だ」

 ⑤ 「生徒と向き合う校長が、このような画一的・硬直的な発言をしたことは配慮を欠いた発言」。

 ◇◇◇

 (自生的秩序について)

 ハイエク曰く、
  「われわれの誰もが、面識のない人びと、その存在についてさえ知らない人びとの役に立っており、翻って、まったく知らない人びとのサービスのうえに生きているのである。
 これらすべてが可能であるのは、制度や伝統の大きな枠組み、すなわち経済的、法的、そして道徳的な枠組みの中に人間がおかれているからである。
 そこでは、自らつくったのではない、また制作した事物がどう機能するかを理解しているという意味では決して理解していなかった一定の行為ルールに従うことによって、われわれは適合しているのである。」(『ハイエク全集Ⅱ-1「致命的な思いあがり」』、春秋社、17頁)

 →さて、読者の皆様。
  文明社会の自生的秩序を維持するための、伝統的価値(法・道徳・慣習&その維持・遵守)に属する価値と、その基盤の上で個人が有することのできる自由な意思・目的(個人的価値)の相違が、わずかでもお解り頂けたであろうか?

 このような価値を憎悪して破壊する(=事実上、人類・日本国の滅亡を目論む)朝日新聞や6流大学の赤い教授は日本国に不要!徹底的に言論で糾弾しよう!

 以 上。 

  
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-01 10:35) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年4月1日(其の二)≫(仮)ヘイトスピーチ禁止法の制定は、刑法第85条・第86条の復活とセットで行うのが、日本国・日本国民の生命・自由・財産を守るための、日本政府の最低限の義務!

 安倍自民党は、外国人に対する日本国民によるヘイトスピーチを法律で禁止するならば、最低限度の公平を期して、日本国・日本国民への憎悪から発する外国人(例えば、北朝鮮人・ロシア人・支那人)のなどによる、日本国・日本国民に対する公然・非公然の諜報・虚偽宣伝・(拉致などを含む)公然・非公然の破壊・工作活動も明確に禁止しなければならない。

 日本国・日本国民の政府であるなら、自明にすぎる論理であろう。

 ところが、参院選の票獲得しか頭になく、日本国民の利益などには全く関心がない安倍自民党は、
 ヘイトスピーチの表面的な言葉尻と凱旋活動のみを捉えて、後者の外国人とその手下の日本人らが行っている本質的な凶悪性には全く無関心で、あるいは凶悪性すら見抜けない愚鈍さで、
 前者のみを禁止し、後者については自由放任で処罰なし、の法律を制定しようとしているが、果たして、安倍晋三、安倍自民党とは、一体どこの国の内閣・政党なのだろうか?
 同時成敗の方法は極めて簡単だ。
 とりあえず、ヘイトスピーチ禁止法を制定するなら、刑法第85条&第86条の復活を必ず同時に行うことだ。
 これでこそ、最低限の公正であろう。

 ◇◇◇

 刑法第85条
 一、敵国の為めに間諜を為し又は敵国の間諜を幇助したるものは死刑または又は無期若くは五年以上の懲役に処す
 二、軍事上の機密を敵国に漏泄したる者亦同じ

 刑法第86条
 前5条に記載したる以外の方法を以て敵国に軍事上の利益を与へ又は帝国(日本国)の軍事上の利益を害したる者は二年以上の有期懲役に処す

 この刑法の二か条を復活するだけでも、ヘイトスピーチを発する原因と考えられる外国人の行為、それへのマスメディアの幇助が、相当除去されるだろうから、ヘイトスピーチも自然減少するであろう。

 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-01 17:07) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年4月6日≫【閑話休題】

 【テーゼ】無道徳に対する寛容(=道徳行為)は自己矛盾であり、意味をなさない。

 価値相対主義とは、”倫理・道徳”を個人の選択の自由とする(=寛容とする)理念である。
 例えば、
 ハンス・ケルゼンは言う。

 「道徳を、相対主義にすることは、各人が道徳における自らの主人となることであるから、逆に道徳的責任を個人に課すことになる。故に、無道徳にならない」(ケルゼン『純粋法学』)

 ルソー教徒のハンス・ケルゼンらしい壮大な詭弁だが、彼の詭弁をもっと正確に記述すればこうなる。
 
 (私の補足)
 「善・悪、正義・不正義、真実・虚偽などの道徳を相対主義にすることは、何が道徳であるか?における自らの主人となること(=個々人が自己決定権を持つこと)であるから、
 逆に、自己の行為の道徳的責任(=行為が善行か、悪行かの判断の責任)を個人に課す(=自分の意志で決めれば良い)ことになる。
 故に、(道徳が存在していて)無道徳にならない(のではなく、個人の意思次第で、善悪の区別が無くせるのだから)、”道徳そのもの”がなくなる。」

 つまり、その帰結は、文明社会が美徳・悪徳の区別(差別)のない、人間(=野生動物としてのヒト)からなる無道徳社会となることを理想としているにすぎない。ルソー主義である。

 だが、文明人は個々人がバラバラの状態では生きられない弱い存在だから、結局は、再びバラバラの諸個人を専制権力が再集合させる方向へと向かう。

 権力者の恣意的立法(=ケルゼン法実証主義・人定法主義)か、ボルシェヴィキ(ロシア共産党)のような暴力かによって。

 すなわち、全体主義国家(=社会主義国家・共産主義国家)=自由なき暗黒社会への”隷属の道”である。

 ハンス・ケルゼンは言う。

 「国民はその総括である国家においてのみ自由であるから、必ずしも個々の国民ではなく、国家の人格(=国家という集団)が自由である」(ケルゼン『デモクラシーの本質とその価値』)

 F・A・ハイエク(ケルゼンの法実証主義)を強く批判して曰く、

 「法実証主義は全く社会主義のイデオロギーであり立法上の権力の全智全能性のイデオロギーである」(『ハイエク全集Ⅰ-9「法と立法と自由Ⅱ」』

 さらに曰く、

 「ケルゼンのような社会主義者よりも、共産主義者の方が少なくとも(その無道徳化の理想へのあからさまな教義において、)率直である。」(出典:同上、丸カッコ内:私)
 
 道徳とは人類が、<小さな集団や群れでの共同生活>から、数百万年以上の永き年月をかけて、≪豊かで、多くの子孫を残せるような現在の規模と構造を持つ、大きな文明社会≫へと漸進的に進化する過程を通じて、生じた自生的な所産であり、特定の時代の特定の個人やグループの人間が意図的・計画的に設計・創造したものではない。
 すなわち、道徳とは文明の進化の所産としての規律である。

 それゆえ、現在に至るまで、文明の進化と共に祖先から継承されてきた、
 道徳・美徳
 (例えば、自助・仁愛・責任/義務・友情・勤勉・勇気・忍耐・忠誠・信仰など)
 や
 道徳的・法的伝統(=行為ルールとしての、個別的所有・誠実・契約・交換・交易・競争・利益・プライバシーを扱うルールなど)
 は、どの時代のどの個人であれ、善徳(美徳)であり悪徳ではないと正しく認識し、共感することができるのである。

 これらを踏まえて、読者の皆様へのQuestionを一つ。
 
 Q:例えば、人類の文明の進化の規律としての”道徳(美徳)”は、異性愛(異性婚)と同性愛(LGBTなどの同性婚)と対してどのように扱う(or 扱ってきた)であろうか?
 あるいは、性道徳に対し、相対主義(=例えば婚姻の権利の平等や家族構成の平等など)が適用されうる(or適用されてきた)であろうか?

 A:答えはNo!
 
 読者諸氏は、性道徳こそ、最も相対化が適用除外となる、厳格な文明規律(道徳規律)であることが理解できるだろうか。

 過去の文明の規律の経験からも、あるいは現在及び未来の文明の規律が、どんな進化のルートを辿ろうとも、文明の規律(=道徳/美徳)は異性愛(異性婚)を絶対道徳として選択し、同性婚を劣位とし、棄却(排除)する。

 以 上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-06 01:04) 

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≪平成28年4月7日≫【閑話休題2】

 【テーゼ2】
 新しく合理的に修正され正当化された(=社会主義者や不道徳家の)道徳とは<新しい道徳という名の幻想>であって、それ自体、人類の文明の進化の規律である道徳的伝統と同じく、合理的に正当化され得ないし、されたこともない。
 そればかりでなく、人類の道徳的伝統は文明社会の自己秩序化力を有するが、<新しい道徳という名の幻想>は、
 我われの祖先すべてが、歴史過程
 (=それは、個々人の短く儚い生の営みの努力の連続的継承の総体からなり、如何なる意味・形態の「一つの全体」でもない!)
 において積み上げてきた、文明社会の進化の規律である、法秩序と道徳秩序を破壊する悪徳でしかない。

 ◇◇◇

 ハイエク曰く、
 「(社会主義者や不道徳家らは、)新しく、合理的に修正され正当化された道徳、そして実際にこれらの要求事項を満たし、それゆえに壊滅的な重圧でも疎外的でも抑圧的でも不正義でも、また交易と結びついてもいない道徳を構築する緊急の必要が生じているというのである。しかもこれは、新たな立法者たち
 ---アインシュタイン、モノー、そしてラッセルのような社会主義者、また、ケインズのような自称<不道徳家>---
 が自らに課する壮大な仕事の一部であるにすぎない。
 新しく合理的な言語や法もまた構築されなければならない。というのも、既存の言語や法もまたこれらの要求事項(=合理的に正当化できること)を満たしてはおらず、それは同一の理由と分かるものによるからである。」(『ハイエク全集Ⅱ-1「致命的な思いあがり」』春秋社、99頁)

 続けて、ハイエク曰く、
 「・・・すべてのことは、何ものも要求される(=合理的に説明できねばならないという)ようには正当化できないということが認識された時、明らかになり始める。これは道徳についてのみならず言語や法、そして科学についてすらそうなのである。
 ・・・伝統的な道徳その他が合理的に正当化できない(=どうして人間が、その道徳行為をなすべきだと考えるのか、等を理性によって明晰に説明して、正当化することができない)というのは事実であるが、このことはまた、かつて社会主義者たちが発想しえたかもしれない一切のものも含めて、可能な道徳規範のすべてにあてはまるのである。
 ・・・もしも理由の分からないこと、また要求される意味で(=合理的、あるいは、合理主義的、設計主義的に説明できるという意味で)正当化を与えられないすべてのことを停止するとすれば、おそらく、我われはたちどころに死にいたるであろう。」(同、100頁)

 ◇◇◇
 
 以 上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-07 00:13) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年4月8日≫いくつかの、くだらない雑談。
 
 「パナマ文書の衝撃」だって?

 本日は、小難しい政治哲学論抜きの、私のくだらぬ雑談をいくつか書き留めるだけ。

 【雑談1】 「パナマ文書の”衝撃”?」と叫ぶことの衝撃!
 
 例えば、我われが、免税店で、税抜きで商品を買うと、ただ、そのことだけで批判される(=批判報道する)内容になるだろうか?
 
 その意味では、tax haven(税回避地、税避難地)で、所得・資産の租税を回避するのも全く同じこと。

 各国の国内法や国際法・条約に反する違法性がなければ(違法行為をしていなければ)、パナマ文書に氏名が挙がっているというだけで(金額の大小にかかわらず)誰もも、非難・中傷される筋合いなどない。
 (ただし、上記の意味で、違法行為が存在すれば話は全く別である。)
 その場合の、メディア等の個人や企業への批判・非難・中傷の源泉は、自由市場とその競争勝者に対する恨み・嫉妬であり、社会主義・共産主義的の自由主義・資本主義に対する<的外れの怨嗟>でしかない。
 ちなみに、私自身は、中の下の所得層に入る者なので、金持ちや大企業の肩を以って言っているのでも、自分の超高所得を擁護しているわけでもでもない。
 純粋に、あまりに、乞食的で卑屈な、社会主義(共産主義)思想の、根本的な<勘違い・誤謬・愚劣>を指摘したいだけだ。

 例えば、社会主義者や自由主義のリベラル政府が、金持ちや大企業等
 ----‐彼らも、多様な意味で人並みならぬ努力に努力を重ねて、たまたま、大金持ちになれたのであって、遊んでいて大金持ちになった者などほとんどいない。
 また、パソコン、自動車、鉛筆、電車、飛行機、旅行サービス等々、どんな商品・生産物・サービスであれ、我々一人一人が、これらのものを入手することによって、それらが無い場合に比べて、どれほどの利便・便益を享受しているかを考えて(想像)してみよう。
 そして、さらに自分だけではなく、世界の何億人もの人々が、その同じ商品・サービス等を購入することによって、自分と同等かそれ以上の利便・便益を得ているとすれば、それらの商品を設計し、生産し、販売した者(や企業)が、それに見合うだけの(超)高額な所得を得ているのは、事物の自然の成り行きであって、所得格差の原因に社会主義者らのいう<搾取>などほとんど存在していないのではないか?と考えるほうが、自然に思われるはずであるし、現実そうなのである。
 現実には、この自由主義の自生的秩序(秩序形成力)のおかげで、各個人は自分独りだけの力では決して達成しえない、知識や情報や物的手段や利益・利便を享受して生存しているのである。
 我々は、このことが習慣となってしまっているので、普段は気づきもしないが、冷静に省察すれば、この発見が、人類が文明社会を築くこととなった理由・契機であり、かつ我々が自由文明から得る恩恵なのである!と誰でも理解できるのではないか?---

 に対して法外な(根拠なき、高率の!)累進課税をかけ、彼らが合法的に稼いだ所得の大半を、権力(=恣意的)立法によって強奪するからこそ、こういう問題が起こってくるのではないか?

 だから「パナマ文書の衝撃」などという、世界のメディアの報道の発想が、実は全く「逆さま」でなのであって、高所得者から不当に超高率の税金を<合法律的>に強奪する(超・福祉国家という)大きな政府の<無制限の立法権力>を何よりも先に、大批判・非難すべきであるのに、嫉妬に駆られて真っ逆さまに逆立ちした報道をする様は、見ていてあまりにも愚かである。

 世界の(社会主義・や左翼・リベラルの)<国家権力(政府)が>・<高所得者に対し>・<立法行為、しかも一回の多数決で>・<無制限に課税する><現代民主主義の多数者の専制>による強奪・強盗行為は、すべて合法(→実際は合法律で、違”法”。)であり、
 その裏返しとして、自由な個人や企業が血と汗にじませて得た、高所得を守るために、それへの超高課税を、租税回避地などを利用して、合法的に避けようとすることは(→仮に、それが違”法”でなく合”法”であったとしても、それだけで)批判・非難したり、冤罪の可能性もある罪科を問えるのだろうか?
 
 流出したパナマ文書に氏名が挙がっているだけで、違”法”な行為を何もしていない政治家や資本家や著名人等々がいるなら、彼らは、理由なき名誉棄損、不当な被疑者扱い、不当な社会主義プロパガンダによる侮辱行為などの権利侵害の罪で、真っ赤な<国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)>と、それと連帯する世界中の左翼メディアに対し、訴訟をおこし、超高額の損害賠償金を請求したらどうか?

 (2) (1)関連。
 他人の高額な累進所得課税で、自分の納税金以上の給付を受けている中・低所得者の年金は、疑う余地のない<不労所得>である。
 だから、もし、個人や企業などの相続財産(資産)などを<不労所得>であり、差別であり、相続税を取れ!と口うるさく批判する者は、公平に、不労所得で、かつ大借金までして政府によって運営されている、年金制度・医療制度(=超・福祉国家)も否定するのが、筋であろう。
 しかし、日本の(世界の)メディアは、後者には一切口をつぐむ。
 Why?

 (3) 今後、反日的自虐の度が過ぎるCMは言論攻撃するかもしれない。(程度が低すぎる愚劣CM)

 日清食品の日本国・日本国民を愚弄・中傷しているかのような挑戦的CM(カップヌードル等)については、目に余るものがあった。

 が、それは単に、一企業(番組スポンサー)のアイデアであり、フィクションの宣伝の世界の話なので、それに対する批判は、(私はこれまで)極力避けてきたつもり。

 だが、とうとうCMが酷すぎて、「企業が謝罪する」事態に至った!

 のには心底驚いた。

 そうなるまで、誰も分からなかったのだろうか?

 全く、愚かの極み。猛省を促したいものだ。

 今後は、私も(ジョーク・フィクションの域を超えて)あまりに酷いと感じたCMは、該当TV番組名と企業名のセットで、時々、それを列挙していくかもしれない(但し、不買運動、TV批判運動はしない。参考に列挙するだけだ)。

 (4) 漁夫の利を狙う男?
   あまり深い意味はないから聞き流してほしい。
   漁夫の利を狙う第3者というのは、対立する2者の引き分けの目途のタイミングを見計らって、己(=第3者)が、どちらを出し抜く方が自分が最後に、目的物を強奪するのに最も都合の良いかを考える。
 例えば、自分(=第3者)が支持した者が、敗けた場合に、その敗者の遺産をそっくり引き継いで、最後の勝利だけを奪い取るにはどうすれば、より有利となるか?を考えて、味方する振りをするだろう。
 この今後の展開は、注視すべきかもしれない。

 (5) 観たTVの私的感想。

 ・アニメ「赤髪の白雪姫」は、第2シーズンも、深夜テレビ・GYAOで2度見たが、すばらしい名作。
 最初~中盤の数回は、ちょっとハラハラしたけれど、最後はすごく感動しました。 「白雪&ゼン」の純愛・その他のキャラすべて最高域! 
 ありがとう。
 願わくば、ぜひぜひ、TVアニメの続編を期待いたします。
  
 ・名探偵コナンの映画最新作 「純黒の悪夢」。
  coming soon! ですね。
  コナンファンは、みんな観に行こう。
  映画最新作、「何かが起こる?」のかな?
  などと、期待しています。

  ・「科捜研の女」、「相棒」は全部見たけど、とてもよかったと思う。
  ちなみに、ドラマの中の沢口靖子も好きだけど、ドラマ後の「この後は、スペシャリスト・・・」を話す、彼女の笑顔としぐさの方にに、なお一層の魅力を感じました。
  相棒の内容も全般的に好感がもてました。
  面白かったです。
  両者とも、次回シーズンも期待しています。

  ・「スペシャリスト」については、内容に関する批評がけっこう難しい部分があるけれど、やっぱり私の性格上、
  「<我々>という組織が何なのか?」、
  「<我々>の黒幕は誰なのか?」
 が知りたくて、最後まで見てしまいました。
  気になった人。
  このドラマの登場人物の中に将来、大物女優(タレント?、アイドル?)になりそうな雰囲気・容貌・素質を感じる魅力ある女性(→あくまで推測であり、はずれるかもしれませんが。)がおられました。
 たしか・・・病院の看護婦(士)役だったっけ?

 ・その他、再放送で見たもの(関西地域のサスペンス系)など。
  「温泉大作戦」、「臨場」、「温泉女将」、「警視庁捜査一課」、・・・などは新作をぜひ期待しています。

 (6) 民進党は・・・安保法制だけでなくTPPも審議拒否?ある人に、「取り消せ!」と怒鳴ってみても、国会での民進党の実際行動こそが、国民に民進党の実態と本音を証明しているではないか!恥ずかしくないのだろうか?
  いやいや、この話は長くなるから、次回にしよう。

 以 上(単なる雑談でした)。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-08 23:22) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 誤解なきよう補足しておきます。

 コメント中の
 「自分の超高所得を擁護しているわけでもでもない。」
 とは、私の所得は(---恥ずかしくて言えないほどの---)、中の下の所得層のレベルなので、所有してもいない、したこともない「超高所得」を、擁護するような立場にはない、という意味なので誤解なきように。
 但し、私は、自分で言うのも何だが、金銭的には貧しくても、その「心」や「人間的器量」は、社会主義者や共産主義者などのように、下品でも貧困でもないし、おカネに対する執着と憎悪と羨望で黒く歪んでもいない!、と自信を持って言える。

 補 足、
 以  上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-09 00:05) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年4月8日≫一体NHKは何を伝えたかったのか?

 NHK NEWS WEB「パナマ文書」何を明らかに (4月9日 0時55分)

 ■■■以下、引用■■■

 (前略)

 ■ 何が悪いのか

 「タックスヘイブンを活用して資産を運用することは、関係する国や地域の法律や規制、それにルールを守るかぎり、問題ないという主張もあります。
 モサック・フォンセカ」は、複数の国にまたがる企業どうしが合併するときや、各国の投資家から資金を集めるときなど、より効率的で競争力のある経済活動を行う必要がある場合、租税を回避できる国に関連の企業を設立することは合法的な活動だと反論しています。
 しかし、ICIJが問題としているのは、こうしたタックスヘイブンを使って行われているマネーの流れが想像もできないほど巨額であるにもかかわらず、顧客のプライバシーなどを理由に、世界の一般の市民にはほとんど公表されていないことです。
 NHKのインタビューに答えたICIJの担当者は「ガラス張りにすることが重要だ。政治家がなぜ会社を保有して外国に登録するのか。その会社がなぜ多額の資産を持っているのか。市民が聞きたいと思うのは当然だ」と指摘しています。
 タックスヘイブンを使っていること自体を直ちに犯罪だとしているわけではなく、なぜ使っているのかを明らかにし、それに問題はないのかを問うのが目的だというのです。

 (以下省略)

 ■■■

 さて、良識ある読者の皆様なら、上記の(真っ赤な)NHKインタビューを聞いて、呆れ果てるのではないだろうか?

 何故なら、結局、南ドイツ新聞や南ドイツ新聞、ICIJ=「国際調査報道ジャーナリスト連合」は、パナマ文書の何が違法で、誰が違法な犯罪者なのか未だ、何も実体が分かっていないのに、文書に氏名のある人物を(それだけの理由で)公表したわけである。

 文書に氏名が掲載されているというだけで、まだ誰が(どんな組織・企業が)、如何なる法に違背する犯罪を犯したかも明らかでないのに、如何にも、既に犯罪者であるかのごとく、全世界に垂れ流し報道したわけだ。

 この時点で、明らかに、私的個人のプライバシー権の侵害であり、名誉棄損の可能性が高い。

 タックスヘイブンを利用した政治家、大富豪、企業・・・というだけで、彼らを犯罪者(悪人)扱いにし、(誰が、何の容疑かの根拠も提示せずに!)彼らの名誉を棄損したその時点で、メディア側の犯罪行為の方が先に成立するのではないのか?

 要するに、この事件は、冤罪が生じることを顧みない、(まだ何の)被疑者(でもない)人々を、ドス黒い犯罪者であると決めつけて(錯覚するような仕方で)全世界に扇動した、(赤い)メディア側の犯罪である。

 なぜなら、南ドイツ新聞、ICIJ=「国際調査報道ジャーナリスト連合」のパナマ文書の報道理由に関する言分は、全く幼稚で、全く意味不明であり、こんな理由で、文書の顧客情報を全世界に流して良いことには、決してならないからだ。明らかに違法であろう。
 
 南ドイツ新聞、ICIJ=「国際調査報道ジャーナリスト連合」の述べる理由とは、驚くべき幼稚さである。

 ■■■
 NHK: 
 「ICIJが問題としているのは、こうしたタックスヘイブンを使って行われているマネーの流れが想像もできないほど巨額であるにもかかわらず、顧客のプライバシーなどを理由に、世界の一般の市民にはほとんど公表されていないことです。
 NHKのインタビューに答えたICIJの担当者は
 『ガラス張りにすることが重要だ。政治家がなぜ会社を保有して外国に登録するのか。その会社がなぜ多額の資産を持っているのか。市民が聞きたいと思うのは当然だ』と指摘しています。」
 NHK:
 「タックスヘイブンを使っていること自体を直ちに犯罪だとしているわけではなく、なぜ使っているのかを明らかにし、それに問題はないのかを問うのが目的だというのです。」
 ■■■

 さて、日本国の(赤い)NHKは、このくだらない、意味のないインタビュー記事で、一体、「パナマ文書」に関して、日本国民に何を伝えたかったのだろうか?
 全く不可解である。
 私には、NHKが、「理由がどうであれ、兎に角NHKは、赤い反資本主義の放送局なんです」だから「資本家・金持ち・政治家は常に悪人にしたいんです」と言いたかったとしか思えない。
 それとも、NHKは今後、中共とロシアと縁を切ります、という転向意志だったのだろうか?(いや、それはないだろう。)

 以前から言っているが、真っ赤なNHKなど不要。
 公共放送の資格なし。
 分割して大部分を民営化せよ! 

 (余談:
 未だ何も違法行為を犯した証拠もないのに、氏名を公表された全世界の政治家、個人、大富豪、大企業、俳優・女優・・・ ・・・等々は、今後の世界のマスメディアの報道の内容・方法によっては、名誉棄損で訴えるべき。
 世界最大級の損害賠償請求の訴訟をおこせばよい。
 そろそろ、約2世紀の間、資本家・ブルジョワジーというだけで、奴隷や家畜の如く罵り、不当な累進課税を強いてきた、社会主義的・共産主義的プロレタリアートの政府やリベラル福祉国家の政府に対する、巻き返し<=大反撃>の時なのかもしれない。
 革命は左翼の特権ではない。
 名誉革命は、真正保守<自由>主義の特権であるのだから!)

 以  上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-09 22:59) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

(参 考)
 NHK NEWS WEB
 「パナマ文書」何を明らかに

リンク→
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2016_0408.html?utm_int=all_side_sdc_001_001
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-09 23:02) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

≪平成28年4月12日≫Tax haven(税回避地、税避難地)について

 どうやら世界各国の多くの年金が、Tax havenを利用して、合法的に(?)運用されている(きた)もしれないと、囁かれ始めた。

 ところで、左翼勢力のTax havenへの批判は、概ねすべて次の論理である。

 (1) Tax havenを利用すること自体は合法である。

 →この論法自体、最初にパナマ文書流出時のTax haven=資本主義・大富豪の違法脱税・搾取構造=悪!から、大きくトーンダウンしているが・・・。

 (2) 但し、「合法」と言っても、富豪やそのブルジョワ政党が、恣意的に立法した(=つくった)「法(律)」「ルール」だから、ブルジョワジーにのみ都合の良い「合法性」なのであって<道徳的には悪>である!

 →だが、少なくとも、合法的であるなら、単純に<道徳的に悪>だとは決めつけられない。現実にTax havenが存在し、かつある国の資金が自国にプールされずに、そこへ流れてしまう(=税回避地が利用される)根本原因から精査し判断されねばなるまい。
 すなわち、現代デモクラシー政府の課税権における専制的権力行使(=高所得者・大企業への<超高率の累進課税>と<超・福祉国家>という制度の是非の大問題である。

 (3) (2) ゆえに、「合法」であるとは言え、パナマ文書を詳細に分析・解読することで、支配者による被支配者に対する支配の構造
 (=ブルジョワジーによる、プロレタリアートに対する支配の構造=搾取構造)
 が明らかになる!
 資本(自由)主義の悪を暴く、世紀のスクープだ!
 これで一気に、左翼・極左による世界革命の機運が広まる!
 世界の左翼革命家らは、世界中の市民に、嫉妬と妬みと怒りをま煽り立てるプロパガンダを行動せよ!

 →嫉妬と羨望に憑依された愚かな妄想であるが、まき散らすと伝染性の強い悪性ウィルスとなる危険性あり!

 そもそも、世界の大富豪の誰彼が、Tax havenを合法的に利用していたとしたら、そのことだけで、なぜ、<あなた>が<パナマ文書に記載されている特定の資本家>から<搾取されている>などと、簡単に言いたてることができるのか?
 冷静に考えてみれば、そのような短絡的思考が愚かに過ぎることに気付くだろう。

 また、世界中の資金が回避されては集まり、また逆に、その資金の需要に応じて、世界のどこかへと流れていく、<Tax havenという仕組み>が、ある特定の富豪や自由主義の政党などの手によって、プロレタリアートを搾取する為に、恣意的・計画的な立法によってつくられたシステムだ!などと考えるのも、自由社会(自由経済)における自生的制度(=法・伝統・制度・慣習・道徳・市場・・・など)の形成過程について、極めて無知な者の暴論・愚論の類でしかあるまい。
 
 さて、左翼の運動家は、世界中の<福祉国家>の、多くの<年金>が、<Tax havenという仕組み>を<合法的に>利用して運用されてきた、という事実が、もし、今後のパナマ文書の解析・分析で判明したら、それをどう説明するのだろうか?

 (1) 現在の主張をあくまで固守して続けるのだろうか?

 (2) 人の気づかないうちに、さっさと<搾取!>、<ブルジョワ支配構造!>などの宣伝・扇動の雄たけびを引っ込めて、自分の年金を守るために、深海に沈んだ貝のようになるのだろう?

 私は、ぜひ知りたいものだ。

 最後に、私はこうした観点から<Tax haven>問題を捉え、その問題の本質が、今後の世界経済
 (=その影響は、程度の如何によらず、必ず日本国民一人一人の生活にも波及してくるだろうから。)
 と、それが今後の自由世界の安寧と繁栄に与えるであろう影響の良し悪しなどとを推測しながら、バーク/ハイエク政治哲学に基づく意見や論理を述べているのであって、パナマ文書に氏名の挙がった、特定の個人や企業等への支持/不支持から意見を述べているのではない。

 また、パナマ文書を詳細に検証するな!(=パンドラの箱のように、触るな!隠蔽せよ!)などとも、一度も言っていない。

 あくまで、検証の結果、違法性が確認できる以前に、すべての個人の氏名を公表して、根拠もなく<全員が悪人!=資本主義が悪!>であるかのように、宣伝・扇動するのは、悪質な左翼革命家の手法であり、そのような手法を採ったマスメディアは、違法に、個人情報の流出を幇助した罪(すなわち、不用意に左翼革命を扇動した罪)を、先に問われるのではないか?と言っただけである。

 良識ある読者の皆様は、この点誤解なきようお願いしたい。

 以  上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2016-04-12 22:52) 

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