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保守主義の哲学---国民を権利の侵害から保護するのは法と美徳(道徳)のみである! [政治]

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 18世紀英国のエドマンド・バーク(Edmund
Burke
)が“人間の真の諸権利(=文明社会の文明人の権利)”について述べた主著『フランス革命の省察』の次の一節は世界標準ではあまりにも有名なものである。

 なぜか、世界中で日本国のみ、バーク哲学は一切教育されず、無視され続けている!

 バーク曰く、

 「〔私が人々に諸権利を与えたり、与えなかったりする力が仮にあったとしても〕私は人間の真の諸権利を理論上否認するつもりは毛頭ありませんし、同様に、実際的にもそれらを人間に与えなくてもよいなどという心情は全く持っておりません。

 彼ら(=フランス革命を支持する革命教会の輩)の誤った諸権利(=人権)の主張を否定する場合でも、彼らの主張する偽りの諸権利によって完全に破壊されてしまうであろう真正の諸権利を侵害する意図など私にはありません。

 文明社会というものが人間の利益に合致するように形成されているならば、そのために形成された利益すべてが人間の権利となります。

 つまり、文明社会とは善の制度なのであり、法とは文明社会を支配して作用している最良の善の制度そのものなのです。

 (それゆえ、文明社会の)人間は法の支配の下において(のみ)生きる権利を持っています。」

 (出典:バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、7476頁に対応。出典;Edmund Burke, “Reflections on the revolution in
France”, Dover publications, Inc, pp.55-57.
私〔=ブログ作成者〕が訳出。アンダーライン、丸カッコ:私〔=ブログ作成者〕の補足。〔  〕内:バーク。)

 詳細については私〔=ブログ作成者〕の次の頁を参照してください。

 →http://www.geocities.jp/burke_revival/rrifh240304.pdf

 http://www.geocities.jp/burke_revival/rorifrance.htm

 以上を簡潔に要約すると、文明社会の文明人(文明国の国民)の諸権利とは、自由文明が形成した“法の支配の原理(自由の自生的秩序)”を統治者(政府)と被統治者(国民)が共に遵守することによって保護さ得る諸権利のことであり、自然法に基づく自然権としての裸の「人間の権利(人権)」とは異質のものであるということである。

 また、このことに関しては、ノーベル経済学賞受賞者であり、二十世紀最大の自由主義政治哲学者であるFA・ハイエクもバークと同様に次のように述べている。

 ハイエク曰く、

 「(法という)個人の正しい行動ルールの一つ一つが、個々人の対応する一つの権利を生み出すというのが『権利〔right〕』という名詞の意味である。

 行動ルール(=法)が個々人の領域を定めているかぎり、(定められた)自分の領域に対する権利をもつのであり、それ(=その意味での権利)を守る際には仲間の共感や支持が得られるだろう。」

 (出典:『ハイエク全集「法と立法と自由〔Ⅱ〕」』、春秋社、140頁、アンダーライン:私〔=ブログ作成者〕の補足。)

 さらにハイエクは言う。

 「『各個人の生存と活動のために、安全で自由な領域を与える不可分な境界線を設定する規則が、法である(FC・サヴィニー)。』

 このように、前世紀の偉大な法学者のひとりは自由の法についての基本的な考え方を述べた。法を自由の基礎とするこの法概念はそれ以後ほとんど失われてきている。この章の主な目的は…この法概念を再発見し、より正確にしようとすることである。」

 (出典:『ハイエク全集Ⅰ‐6「自由の条件〔Ⅱ〕」』、春秋社、23頁、アンダーライン:私〔=ブログ作成者〕の補足。)

 以上のハイエクの理論を要約すれば、各個人の自由領域の境界線を与えるのが法であるから、政府と国民が共に法の支配を遵守することによってのみ、政府権力が制限され、国民の自由と諸権利が保護されるということである。

 これは上掲のバーク理論と全く同義であることがわかるであろう。

 しかしながら、文明社会の文明人の自由と諸権利を保護するものは法とその遵守だけでは十分ではない。

 古来普遍の社会(国家)の道徳的規則や伝統・慣習等も、法ほどには拘束力(強制力)が強くないが、各個人がそれらを遵守する義務を果たす社会であるほどに、社会生活が円滑で容易になることは誰しも理解できることであろうし、それが我々の社会の現実である。

 ハイエク曰く、

 「私的領域内における行為が国家による強制行為の適切な対象でないという事実は、自由社会においてそのような行為が世論あるいは非難の圧力からも免除されることを必ずしも意味しない

 ・・・道徳的規則(=moral rules)や慣習(=conventions)は法(=the law)よりも拘束力が弱いけれども、法(the law)よりも重要で不可欠な役割を演ずるべきものであり、そしておそらく法の厳格な支配(=the strict rules of law)と同様に社会生活を容易にすることはほとんど疑いえない。

 これらの道徳的規則は一般的に守られているだけで、普遍的には守られていない(=他者から強制されるものでなく、個人の自発的義務であるから)ことを我々は知っている。

 しかしそういうことを知っていること自体が有益な手引きとなり、(行為の結果の)不確実性を減らすのである(=provides useful guidance
and reduces uncertainty.
)。

 ・・・時にはこれらの非強制的な規則は一つの実験的段階をあらわし、のちに修正された形で法に発展するかもしれない。

 より一般的にはそれらは多少とも無意識的な慣習の適応性の遠因(=a flexible background)を与えるのであって、大多数の人びとの行為の道標として役立つのである」

 (出典:『ハイエク全集Ⅰ-6「自由の条件〔Ⅱ〕」』、春秋社、2122頁、丸カッコ内および傍点:私〔=ブログ作成者〕の補足。なお、丸カッコ内の用語は、F. A. Hayek,
Constitution of Liberty: Part
Freedom and the lawから引用したものである。)

 以上のことから、この小論で私〔=ブログ作成者〕が述べたい主旨をまとめれば、以下の通りである。

 すなわち、所謂「人権侵害」(正確には“国民の権利の侵害”と言うべき)を極小化するためには、現在の「人権教育」をいくらしても本質的な解決にならないだろうということである。

 なぜなら、国民の権利の侵害を極小化するためには、国民の自由と諸権利の本質的源泉である“法と道徳の遵守義務”を教育することが最も肝要だからである。

 第一の方法は、自由主義の法哲学(英米法の哲学)を日本国の大学(院)法学科・政治学科・社会学科等及び中学校・高等学校等での公民・社会科(政治・倫理・経済)教育に取り入れることである(=法と法の支配を学ばせること)。

 第二の方法は、小学校から正直・良心・誠実・謙遜・謙虚・寛大・度量・礼儀・自立・習慣・勤勉・忍耐・克己・忠実・勇気・尊敬・孝行・博愛・協力などの美徳(道徳)教育を行うこと(=美徳・道徳を教え、知らせること。決して国家主義的な強制はしてはならい。)が必要である。

 さらに分かりやすく例えるならば、人権とは自己の権利を主張する「槍」である。

 また現在、広く行われている「他者の人権を侵害してはいけない!」という「人権教育」とは「自分は槍を振り回す自由(権利)を最大限認めながら、かつ他者には槍で突いてはならない!」と教えるものである。

 だが、それならば、どうすれば他者を槍で突かずに行動できるか?とか、どのような場合のどのような行為が他者を槍で突くことになるか?その一般性・普遍性は何か?とかと問えば、人権教育では「相手の気持ち(身)になって考えよ!」とか「相手を思いやる気持ちを持ちなさい!」などとかしか教えだけである。

 これだけでは、到底、国民の権利の侵害の極小化などできるはずがあるまい。

 なぜなら、ここでの本質的問いである「どうしたら他者の人権を侵害せずにすむか?」、「どういう場合にどう対応すれば(一般的・普遍的に)人権侵害避けられるか?」、「どうしたら相手の気持ちになって考えられるか」等々を各個人に明確に教えるものは“自由と諸権利”を保護する“法と道徳”でしかないからである。自明ではないか。

 さて、本小論の最後に、最近の「都議会・国会でのヤジ問題」について、ハイエクとバークの著作から一節を掲げておきたい。

 良識ある日本国民は、マスメディア・政治家等に対して私〔=ブログ作成者〕がこれらの一節を敢えて取り上げて、具体的に意味せんとしていることを洞察して頂ければ幸いである。

 ハイエク曰く、

 「強制と同様に、詐欺と欺瞞はある人があてにしている基礎条件をごまかすことによって、詐欺師が人(他者)におこなってもらいたいことをさせることである。

 詐欺師が成功する場合には、だまされた者は(強制された場合と)同じように(だました者の)本意ならざる道具となり、自分の目的を達成することなしに他人の目的に奉仕することになる。

 我々は(強制と詐欺・欺瞞の)両方を包含するような単一の言葉は持っていないが、強制について述べたすべてのことはそれらにも同様にあてはまる」

 (出典:『ハイエク全集Ⅰ-6「自由の条件〔Ⅱ〕」』、春秋社、18頁、丸カッコ内およびアンダーライン:私〔=ブログ作成者〕の補足)。

 バーク曰く、

 「現実のものであれ、推定に基づくものであれ、美徳と叡智以外には(国家を)統治するための資格はありません

 実際に美徳と叡智を持つ人なら誰でも身分、境遇、職業、商売の如何を問わず、地位と名誉に至る旅券を神から授かるのです。

 ・・・あらゆる事柄は開かれているべきですが、(美徳と叡智に)無関心に誰にでも開かれているというわけではありません。」

 (出典:バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、6465頁に対応。出典;Edmund
Burke, “Reflections on the revolution in France”, pp.48.
私〔=ブログ作成者〕が訳出。丸カッコ、アンダーライン:私〔=ブログ作成者〕の補足。)

 平成26710日執筆。神戸市にて。

 本文、以上。

 ◇◇◇◇◇

 真正保守(自由主義)の参考サイトの紹介

 中川八洋公式掲示板

 【参 考】

 〔=ブログ作成者〕の最近の記事一覧(も面白いから読んでね!)

 【バーク/ハイエクらの政治哲学の基礎を学ぶHP

 →Edmund Burke(エドマンド・バーク)の系譜

 →美徳ある自由を生きましょう!

 →真正の保守主義とは何か?

 →『美徳冊子「さあ、自助の精神を取り戻そう」』

 →フェミニズムの禍毒(フェミニズムに毒された女性の末路)

 →近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第1回)

 →近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第二回)

 →近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第三回)

 →近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第四回)

 →近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第五回:最終回)

 →近衛文麿【共産主義政権】が主導した大東亜戦争の真実(第六回:補足回)

 →ロシアとの平和条約締結は日本国の亡国への道である

 →ルソー主義の呪縛を滅すための試書 


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 H260710読者の皆様へ

 【閑話休題】

 「裸足のまんまで笑われても、裸足のまんまで立たされても、裸足のまんまで責められても、俺は俺を信じてやる」

 これはミュージシャン(アーティスト)長渕剛さんの「裸足のまんまで」という長渕ファンなら誰でも知っている名曲である。

 私は二十歳頃からカラオケなどでは長渕剛の歌を歌い続けてきた程の強度の長渕ファンである。

 しかし、若いころは「俺は俺を信じてやる」と口ずさむ毎に、「本当に自分の生き方は正しいのだろうか?自分の信念(生き方)を信じてもいいのだろうか?」と常に問い続けていたものだ。

 しかし、中川八洋(日本国最強のバーキアン)先生の著作に出会い、エドマンド・バーク、F・A・ハイエクの著作を読みふけるうちに、バーク保守主義・ハイエク自由主義の政治哲学を自分の生きる信念とできたことによって、最近になってようやく「俺は俺を信じてやる」と確信を持てるようになってきた次第である。

 長渕剛の音楽とバーク保守主義の政治哲学、極めて不思議で奇妙な組み合わせであるが、私にとってはどちらも「自分の人生」を支える大切な宝物となった。

 興味ある方は(隠れた?)名曲「裸足のまんまで」を視聴してみてください。本当にいい曲です。

 →http://www.amazon.co.jp/%E8%A3%B8%E8%B6%B3%E3%81%AE%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%BE%E3%81%A7/dp/B007EMQXLM/ref=sr_1_66?s=dmusic&ie=UTF8&qid=1404944875&sr=1-66&keywords=%E9%95%B7%E6%B8%95%E5%89%9B
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-10 07:50) 

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 H260710読者の皆様へ(2)

 中川八洋掲示板 更新情報

 ロシアの満洲侵略を大歓迎する“ロシア人”西尾 ──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(ⅩⅢ-2)

 →http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/

 必ず読みましょう。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-10 23:00) 

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 H260712読者の皆様へ

 【NHKニュース】より

 子どもの貧困対策 大綱原案まとまる(7月11日 4時08分)

 →http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140711/k10015918231000.html

 ■■■

 政府は、子どもの将来が生まれ育った環境に左右されないよう、生活が苦しい家庭の子どもの教育を支援したり、一人親への就労支援を充実させたりすることを盛り込んだ、大綱の原案をまとめました。

 政府は、子どもの将来が生まれ育った環境に左右されないようにすべきだとして、有識者らで作る検討会の意見を踏まえて「子供の貧困対策に関する大綱」の原案をまとめました。

 原案では、貧困状態にある子どもの割合や、母子家庭などのひとり親の世帯の進学率などを指標にして、子どもの貧困の実態を把握し、教育や生活の支援などに取り組むとしています。

 このうち教育支援では、学校や地方自治体の福祉部門などと連携して家庭環境に応じた支援を行う「スクールソーシャルワーカー」を増やすことや、高校生向けの給付型の奨学金や大学生向けの無利子奨学金の拡充などを盛り込んでいます。

 また、生活支援では、一人親の就労に関する相談に応じ、支援も行う専門員を、自治体の福祉事務所などに置くとしているほか、児童養護施設を出た子どもたちの就労支援を推進するなどとしています。

 政府は、この原案を基に与党とも調整したうえで、今月下旬にも閣議決定する方針です。

 ■■■

 → ここでは、政府の「子供の貧困対策に関する大綱」の原案の内容については吟味しない。

 私がここで「公共放送NHK 様」に問いたいのは、政府の大綱名を表記する時には、そのまま「子供の貧困対策に関する大綱」と記述しているのに、NHKの報道文標題及び本文中では、敢えて意図的に、すべて「子ども」と表記しているのは何故か?

 その意図は何か?

 このような短い記事の中でなぜ強いて「子供」と「子ども」を使い分けているのか?

 という素朴な疑問である。

 子供の「供」という漢字は、難しい漢字ではない。

 小学3年生の私の息子でも読めるし、書けるし、意味もはっきり理解できる簡単な漢字(単語)である。

 なぜ、NHKのみならず、多くのマスメディア・全国の行政機関は珍語「子ども」

 (→常識的に考えて、極めて違和感と不自然感のある漢字とひらがなの組み合わせであろう!)

 を使用するのか?

 「子供」を「子ども」とする理由は、日本共産党がその(出鱈目な)見解を示している。

 ならば、NHKは日本共産党の隷属機関であることの証左ではないか。

 であるなら、明白な放送法違反であり、料金を無料にすべきであろう。

 政治的中立を謳い、料金を国民に強制している性格上、NHKはこの問いの明確な回答を(大綱を作成した)政府と日本国民に説明責任を果たす義務があろう。

 NHKが納得できる見解を公的に示さないときには、良識ある日本国民は、NHKに質問状を送りつけよう!
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-12 09:06) 

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 7月12日【補足】

 【抜粋】文部科学省の見解(2013年9月)のニュース記事

 →http://www.j-cast.com/2013/09/01182664.html?p=all

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1902T_Z10C13A9CR8000/

 公共放送であるNHKや公共機関である国・地方自治体などの行政機関及び国公立大学その他の公的機関等は、すくなくとも国際規約・条約・法律・政令などに関する内容を記述する際には、その「用語(述語)」の《表記と定義》を厳格に遵守して記述しなければならない。

 勝手に用語を書き換える(用語と定義の関係を崩す)などは、最低限の常識に反する行為で、許されない。

 例えば

 「児童の権利に関する条約」(外務省正訳)

 を日本共産党とその支配下の組織・市民団体などは

 第一に「子供の権利条約」と改竄し、

 さらに「子どもの権利条約」と用語とその定義の厳密な関係を解体し、条約の解釈を曖昧にしようとする。

 仮に

 「児童の権利に関する条約」(外務省正訳)

 を略記するとしても、

 「児童の権利条約」と、「に関する」の部分を省略するところまでが限度であろう。

 特に上記の《公的機関》においては、最低限守るべきモラルであろう。

 日本共産党のように、条約や法令の公文の用語を勝手に書き換え、さらに「交ぜ書き」するなど、言語道断の悪行である。

 このような姿勢こそ、外見(の言論)とは裏腹に、内心(本性)では日本共産党が国際条約・憲法・法令を遵守する精神を唾棄する政党であることの証左であろう。

 「平和の憲法第9条を守れ!」もこの本性の逆表現として理解すれば、その矛盾(転倒論理)が氷解するであろう。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-12 10:12) 

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 訂正します(7月12日【補足】の最後の一文)

  (誤記)「平和の憲法第9条を守れ!」もこの本性の逆表現として理解すれば、その矛盾(転倒論理)が氷解するであろう。

 →

  (正記))「(日本の)平和を守るために、憲法第9条を死守!」もこの本性の逆表現として理解すれば、その矛盾(転倒論理)が氷解するであろう。




by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-12 10:17) 

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 平成26年7月16日
 読者の皆様、新聞記事です。

 閣議決定、地方の「支持」鮮明 「反対・慎重」意見書案38議会が否決 可決5を圧倒 早期改憲要求17
(産経Web2014.7.15 08:08 )

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140715/lcl14071508080001-n1.htm

☆☆☆

 集団的自衛権の行使を容認する政府の閣議決定に対し、47都道府県議会と20政令市議会のうち、今年に入って38議会が閣議決定に反対・慎重な対応を求める意見書案や請願を否決、不採択としていたことが14日、分かった。意見書の可決は5議会にとどまり、半数以上の議会で政府への支持が表明された格好だ。早期の憲法改正を求める意見書も18議会で可決された。

 各地方議会のホームページの議事録などを基に今年に入ってから今月14日までの採択状況を調べた。その結果、行使容認の閣議決定に関し、反対・慎重な対応を求める意見書案を否決したのは25議会。同様の意見書案の採択を求める請願・陳情を不採択や不了承としたのは13議会だった。

 意見書案の大半は共産党議員らが提出しており、自民党議員らの反対で否決となったケースが多い。福島県議会は行使容認反対の意見書案を否決した一方、行使容認を支持した上で「国民への十分な説明」を求める意見書を可決。北海道議会は3月に続き7月も反対の意見書案を否決している。札幌市議会は昨年12月には反対の意見書を可決したが、今年5月は否決とした。

 逆に、明確に行使容認反対の意見書を可決したのは岩手県議会のみで、長野、岐阜、沖縄の3県議会と新潟市議会は慎重な対応を求める内容だった。岐阜県議会では自民党議員が提案者となって可決された。

 一方、憲法改正の早期実現を求める意見書を可決したのは18議会に上った。日本を取り巻く安全保障環境の変化などに対応した新しい憲法を求める内容で、提案されながら否決したのは堺市議会のみだった。

 集団的自衛権の行使容認に反対・慎重な地方議会については、一部のメディアが今月1日の閣議決定前に盛んに取り上げ、「地方議会で異論相次ぐ」(6月30日放送のNHKニュース)、「地方黙っていない」(毎日新聞6月28日付朝刊)と報じていた。ただ否決した議会の数には触れていなかった。

 ☆☆☆

 →コメント欄では紙幅が限られているので、少しだけ私の意見を述べたい。

 第一に、NHK、朝日新聞、毎日新聞などは、マルクス主義、共産主義運動の活動を生き甲斐としている高々1‐2万人(それが数万人でも、日本国の人口は1億人である!)の人々のデモ運動の主張にのみ焦点を当てて、「日本国民の意見を聞け!国民の声を聞け!民主主義を無視するな!」などと報道するのは意図的で不正確であるから止めるべきであり、事実を正確に「革命運動家の意見も聞け!市民活動家の意見も聞け!少数意見も無視するな!」などと報道すべきであろう。

 第二に、デモクラシー(民主主義)は、国民の生命・私有財産・自由を擁護する“法の支配に服する(遵守する)”場合にのみ、その暴走を制限・抑制できるのであって「デモクラシー(民主主義)」=「侵略的戦争をしない(好まない)主義」=「(自動的な)平和主義」などと主張する者は、政治哲学・人類の歴史を無視した《無知者の暴論》であると心得るべきであろう。

 ハイエク曰く、

 「教条的な民主主義者はとくにその時々の多数者がどんな権力をもつか、そしてそれをどのように行使するかを決定する権利をもつべきだと思うのに対して、自由主義者はある一時的な多数者の権力は長期的な原則によって制限を受けることが重要であると考える。自由主義者にとっては多数者の決定が権威をもつ根源は、一時的な多数者の意志の単なる行為にあるのでなく、共通の原則に関する広範な同意にあるのである。」(『ハイエク全集Ⅰ‐5「自由の条件〔Ⅰ〕』、春秋社、150頁」

 また、もし真のデモクラシーと呼べるものがあるとすれば、それは過去(祖先)---現在(現世代)---未来(子孫)に連なるすべての国民の意見を深慮する謙虚さを必要とするであろう。

 バーク曰く、

 「我々は、…誤り易くか弱い人間理性の考案物を補強すべく、…自らの自由を遺産として考え、…あたかも列聖された先祖の眼前にでもいるかのように何時も行為していれば、それ自身としては無秩序と過度に導きがちな自由の精神といえども、畏怖すべき厳粛さで以て中庸を得るようになるものです。…こうした方法で、我々の自由は一種高貴な自由となります。この自由は威風堂々たる相貌を備えています」(バーク『フランス革命の省察』、みすず書房、45頁)

 このようなバークやハイエクの思想を政治哲学とするのが、中川八洋 筑波大学名誉教授を中心とする、我々、真正保(保守)主義グループの政治哲学的立場である。

 我々は、(暴力革命を好む)左翼・極左とも、民族主義的戦争嗜好屋とも全く異種の、保守主義グループであることがお解り頂けるだろうか。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-16 08:07) 

保守主義学徒

バーク保守主義者様

ブログ更新及びコメント、いつも拝見しております。
お疲れ様です。

・NHk等半日報道機関について

NHKの超偏向報道にはあきれ返りますね。
本日のNHKニュースでも、川内原発の安全審査合格のニュースを21:10から10分くらいかけて取り上げていました。
10分もの時間のうち、一度も原発停止による貿易赤字については取り上げませんでした。


・集団的自衛権について

「日本国憲法が日本国民の自衛の権利を制限している」などと主張する人々は、他国に日本が侵略され、日本国民の生命・身体が害されたときに、どのように責任をとるのでしょうか。
日本国民の生命・自由・幸福追求の権利は、当然に日本国の「法」であります。

P.S.
「裸足のまんまで」、心にしみるいい曲ですね。
私は、バーク保守主義者様のブログ、特に美徳冊子に励まされ、日々失敗しながらも試行錯誤しながら生きている若者の一人です。
これからも、貴殿のご活躍を応援しております。
by 保守主義学徒 (2014-07-16 23:59) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 保守主義学徒 殿

 貴重なコメント頂きありがとうございます。
 
 私の方こそ、大いに励みになります。感謝いたします。

 ところで、中川八洋先生の掲示板が更新されています。

 左翼・極左の政治家・マスメディアは、そのイデオロギー的教義Aの宣伝・扇動で不利になれば、教義Bへ転換、教義Bで負ければ教義Cへと波状的に、報道主題を変更して、日本国民を煽っております。

 今回の中川先生の掲示板の内容は、「フェミニズムによる日本共産化」となっています。

 中川先生の時事の本質を突く、鋭い洞察力にはいつもながら敬服いたします。

 ぜひ、お読みください。

 【中川八洋掲示板】H26/07/16

 家族解体(フェミニズム)と日本共産社会化に爆走する安倍晋三 ──半コミュニスト安倍を支配する“凶悪コミュニスト"菅義偉

 → http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2014/07/16/225803
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-17 07:14) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

H26年7月21日
読者の皆様へ

 短編Essayブログ更新しました。
 →http://burkecons-shortessay.blog.so-net.ne.jp/2014-07-21
 興味ある方はお読みください。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-07-21 18:32) 

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 平成26年7月16日
 読者の皆様(日本国のすべての家族・親御様)へ。

 【新聞記事】
 「報道は事実と異なる」と弁護人 「父親を尊敬している」とも 女子生徒「被害者は友だち」
 (産経Web2014.7.31 21:51)
 →http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140731/crm14073121510031-n1.htm

 ■■■
 長崎県佐世保市で高校1年の同級生を殺害したとして逮捕された女子生徒(16)の弁護人は31日、「女子生徒が父親の再婚に反対だったとする報道は事実と異なる」などとする見解を、文書で発表した。その後取材に応じ、被害者について女子生徒が「仲の良い友だちだった。本当に良い子だった」と述べたことを明らかにした。

 文書で弁護人は、接見で直接聞いた内容として、(1)父の再婚には賛成だった(2)父を尊敬している(3)母が亡くなって寂しく、新しい母親が来てうれしかった(4)すぐに慣れ、仲良くしていた-と指摘した。

 被害者との間にはトラブルや恨みはなかったとした。

 弁護人は「女子生徒の父親の依頼で弁護人となり、接見を続けている。会話は普通にできており、徐々に打ち解けている。本も差し入れた」と述べた。接見で報道内容を聞いた女子生徒が驚き、訂正を求めたとしている。
 ■■■

 日本国のすべての家族・親御様は、自分の子供や孫を(理由は何であれ)このような凶悪な犯罪を犯した女子生徒のように育てたくない(成長して欲しくない)ならば、しっかりと子供たちに美徳(道徳)を躾けることが重要です。

 両親(大人)は子供たちと決して「対等」ではありません。
 
 子供や孫たちの心・気持ち・悩み・考えを彼らの身になって、目線で、しっかりと汲み取ってあげる努力をすることは、大人にとって極めて重要な責任ですが、この大人の姿勢をして、「大人と子供に対等の権利がある」などと言いません(意味しません)。

 子供や孫たちの心・気持ち・悩みなどを汲み取った後、彼らをどのように正しく導いてあげるかは、ひとえに、両親(大人)が子供たちを躾て教導する義務を果たせるか否かに依存します。

 要するに、大人と子供との間には「対等な権利」など存在しません。

 両親(大人)には、大人のみが持つ、豊富な人生経験と知恵を生かして子供たちを教育・教導する「法的・道徳的義務のみ」を持つものです。

 日本国のすべての家族・親御様は、今回の事件を「悪い社会が引き起こした(社会が悪いから起きた)、他人事」 などと考えず、自分の家族・子供たち・孫たち等々の「あり方・関係」を見つめ直す機会として頂きたいと願うものです。

 見つめ直すための材料の一つとして、私の以下の小論をリンクしておきます。

 美徳ある自由を行きましょう!  →http://www.geocities.jp/burke_revival/libertywithvirtue.pdf

 さあ、自助の精神を取り戻そう!
http://www.geocities.jp/burke_revival/paperofvirtuesselfhelp.pdf



 (美徳・道徳教育の実践に関する参考記事)
 
 【教育再生考---現場からの報告】シリーズ(産経新聞Webから)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140730/edc14073013240004-n1.htm


by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-08-01 07:16) 

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 平成26年8月6日
 読者の皆様へ(→各種情報提供。)

 ① 【中川八洋掲示板】更新情報
 西尾「五百年史」は、“全盲史観”のカルト宗教 ──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(ⅩⅣ)
 → http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/

 
 ② 【ウクライナ国境・ロシア軍再増強】
 Russia Again Boosts Troop Levels on Ukraine Border
 (VOA News, Last updated on: August 05, 2014 10:23 AM )
 →http://www.voanews.com/content/rights-group-accuses-ukraine-rebels-of-hampering-aid-efforts/1971888.html

 (一部抜粋)
 "In early August, Russia significantly increased the number of troops in the vicinity of the Russian border. Our current assessment is that around 20,000 troops are now in the area. This troop presence includes tanks, infantry, artillery, air defense systems, as well as logistics troops, special forces, and various aircraft," a NATO official said in a written statement.


 【ウクライナ国境・ロシア大規模軍事演習】
 ロシア、大規模演習実施を発表 ウクライナ政府を威嚇か
 (産経Web2014.8.4 22:06 )
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140804/erp14080422060003-n1.htm

 軍事演習:
 8/4(Mon)・8/5(Tue)・8/6(Wed)・8/7(Thu)・8/8(Fri・??)

 【イスラエル・ガザ72時間停戦入り】
 72時間停戦入り、イスラエル軍撤収完了 パレスチナ「協議は難しい」
(産経WEb 2014.8.5 23:42)
 → http://sankei.jp.msn.com/world/news/140805/mds14080523420009-n1.htm

 停戦期間(72時間):
 8/5(Tue)・8/6(Wed)・8/7(Thu) 8/8(Fri・??)

 以上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-08-06 00:42) 

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 平成26年8月14日
 【新聞記事】

 ■■■
 露、日本政府の抗議「拒絶する」…軍事演習
 (読売新聞8月14日〔木〕20時36分)
 
 【モスクワ=工藤武人】
 ロシア外務省は13日、国後・択捉両島でのロシアの軍事演習に対する日本政府の抗議を「拒絶する」とする声明を発表した。

 北方領土は「ロシア領」であり、「ロシアは軍事演習を行う場所を自国領内で独自に決定できる」と強調した。ウクライナ情勢を巡る欧米との対立激化で高まるロシア国内のナショナリズムを受け、米欧に同調して追加制裁を決めた日本をけん制する狙いがあるとみられる。

 声明はマリア・ザハロワ情報・新聞局次長名で発表した。北方領土については「第2次大戦の結果、法的にロシア領になった」との従来見解を改めて示し、「日本側が懸念を示す理由が見あたらない」と述べた。

 ロシア軍が12日から始めた演習には、兵士1000人のほか、攻撃用大型ヘリコプターや軍用車両約100台も参加、上陸訓練も実施される見通しだ。択捉島の地元紙は、演習は16日まで続くと伝えている。

 9月には極東地域で、今年最大規模の軍事演習「ボストーク2014」も行われる予定だ。
 ■■■

 →これが帝政ロシア(日露戦争)→共産ロシア(ソ連)→新ロシアに流れる日本国・日本国民に対する「露国・露民族の普遍の本音」である。

 (現・新)安倍内閣は、決して対露政策を誤ること勿れ。
  〃        は、TPP合意・原発再稼働(推進)を怠ること勿れ。
  〃        は、対露・対中共・対北朝鮮(核・拉致)防衛力(装備)強化・法整備を推進せよ。
  〃        は、歴史の真実を主張しつつも、対韓関係(日米韓関係)の改善を図るべし。
  〃        は、ウクライナ、イスラエル・ガザ、イラク問題について、国際法の支配の下、米国・英国・EU等と協調行動をとるべし。

 以上につき、(現・新)安倍内閣に期待したいと思う。残暑御見舞いを兼ねて。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-08-14 23:27) 

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平成26年8月17日(日)

 朝日新聞社の「慰安婦記事訂正」問題で、朝日新聞は無責任な言い訳をしてその大罪(大悪)を 幕引きし、逃げ切ろうとしているが、良識ある日本国民は決して、朝日新聞の罪を裁かずして(何らかの実罰を与えずして)無傷で逃してはならない。徹底的に糾弾・粉砕せねばならない。

 以下は、日本国・英国の古典より引用である。

 (1) 古事記
 
 「其の八俣の大蛇、信に言の如く来ぬ。船毎に己が頭を垂れ入れ、其の酒を飲む。是に飲み酔ひ留まり伏し寝ぬ。尓して速湏佐之男命、其の御佩せる十拳の釼を抜き、其の虵を切り散りたまひしかば、肥河血に変りて流る。故其の中の尾を切りたまふ時に、御刀の刃毀けぬ。尓して恠しと思ほし、御刀の前以ち刺し割きて見そこなはせば、都牟羽の大刀在り。故此の大刀を取り、異しき物と思ほして、天照大御神に白し上りたまふ。是は草那芸之大刀なり。」


 (2) Samuel Smiles,"CHARACTER, CAPTERⅤ---courage”

Men are bound to speak the truth in the love of it.
"I had rather suffer," said John Pym, the Commonwealth man, "for speaking the truth, than that the truth should suffer for want of my speaking."
When a man's convictions are honestly formed, after fair and full consideration, he is justified in striving by all fair means to bring them into action.
There are certain states of society and conditions of affairs in which a man is bound to speak out, and be antagonistic—when conformity is not only a weakness, but a sin.
Great evils are in some cases only to be met by resistance; they cannot be wept down, but must be battled down.

【邦訳例 (私〔=ブログ作成者〕による)】

 人には真実を愛好し真実を語る義務がある。
 (16~17世紀の)イングランド人、ジョン・ピム曰く、
 「私は真実を語らずして苦しむよりもむしろ真実を語ることでその報いを受けるほうがましである」。
 公正かつ十分な考慮をした後、真の確信に至ったならば、その時人はその確信を、あらゆる正当な手段を用いて、行動に移すよう努力をすることを正当化できるのである。
 社会の状況と事態の様相により、人は正々堂々と自分の意見を述べ、他者と対立しなければならない場合がある---そのような場合にそうせず服従する人は、脆弱者であるのみならず罪を負う者と言える。
 大悪は、時として、抵抗して闘うしかないものがある。
 そのような大悪は泣いて許されるものではなく、戦って倒さねばならないものである。

 (以上)
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-08-17 12:34) 

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 (捕捉)

 私の住む神戸市に拠点を持つ、某地方紙は、全くと言ってよいほどに、朝日新聞社の「慰安婦記事訂正」問題に触れていない。おそらく朝日新聞社と同思想・同体質なのだろう。

 おそらく、わが県のこの地方新聞社と同様の、真っ赤な反日地方新聞社は全国津々浦々に多数あると思われる。

 これらの朝日新聞社と同類の地方紙もいずれ、遠からず、共謀罪で裁かれる時が来るのではないだろうか。

 良識ある日本国民は、下記の記事を全国津々浦々まで拡散し、愚劣な地方紙が隠蔽して真実を知らされていない、日本国民すべてが真実を共有できるように運動しよう。

 私の意図は、韓国政府・国民への批判ではない。日本国内の反日新聞社への批判・打倒運動(=国内問題)である。
  →http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140816/plc14081618000002-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140815/stt14081520040015-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140817/plc14081711060010-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/topics/west_affairs-25044-t1.htm
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-08-17 12:59) 

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 平成26年9月8日(月)
 最悪の愚鈍新メンバー

 重要な会議の準備(勉強)に忙しいので、勝手ながら、ブログを書くのをしばしの間、休止している。

 読者の皆様には、私事による勝手を、お詫びいたします。

 だが、内閣改造直後の内閣支持率が少し高い(=いつでも、どこでも、当たり前のこと)ので、誰も、新内閣の新閣僚らの思想・発言・知恵(学力)の超低レベルの現実を批判する者がいない。

 内閣が発足したばかりだが、私から一言だけ苦言を述べておきたい。

 日本国が人口減少の大危機にある時に、人口増加率(自然出生率)の大増加策ではなくて、女性の社会進出推進(=子供を益々産まない環境づくり=人口激減加速推進)内閣だって?

 これでは、一直線の亡国志望内閣ではないのか?

 一体、安倍首相は、何を考えているのだろう。馬鹿もほどほどにしてもらいたい。

 日本国・皇統(皇孫)・子孫たる国民の繁栄の為には、女性の社会進出政策ではなく、家族の再構築と家庭への女性(母親)の引き戻し政策こそが、真正の保守主義の羅針盤であるのは自明であろう。

 私から見て、極度に頭の悪そうで、前安倍内閣の政策に背反する思想をもっていそうな女性新閣僚ばかりをそろえて、女性人気をとるのは結構だが、彼女ら女性閣僚に真の実力がなければ、新内閣は間違いなくすぐ倒れるだろう。あくまで私の直観にすぎないが・・・。

 また、女性閣僚すべてに尋ねたいが、あなた方は夫婦(親子)別姓の共産革命イデオロギーに賛成か否か、明確に答えて頂きたいものだ。

 女性閣僚と言えども(男女平等などと言うのだから)、真正保守(自由)主義に反する、極左・左翼イデオロギーのな愚鈍言動に対しては、男性閣僚と同等に、容赦せず、徹底的に批判していくので覚悟されよ。
 
 以上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-09-08 22:41) 

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 平成26年9月8日(月)
 【補足】

 上記について少し補足しておく。

 私は、女性を蔑視(差別)して、すなわち激情してヘイト・スピーチ的に上記の論理を展開しているのではない。

 一例をあげて、示しておこう。

 私は、人類普遍の経験と道徳、国家及び家族の法にもとづいて、常識論を展開しているにすぎない。

 読者の皆様は、誤解なきようにお願いしたい。

 ~ Sumuel Smiles,"CHARACTER",CHAPTERⅢ ~

But the terrible lesson was disregarded, and again and again France has grievously suffered from the want of that discipline, obedience, self-control, and self-respect which can only be truly learnt at home.

...It would thus seem that the discipline which France still needs to learn, if she would be good and great, is that indicated by the First Napoleon—home education by good mothers.

The influence of woman is the same everywhere. Her condition influences the morals, manners, and character of the people in all countries. Where she is debased, society is debased; where she is morally pure and enlightened, society will be proportionately elevated.

Hence, to instruct woman is to instruct man; to elevate her character is to raise his own; to enlarge her mental freedom is to extend and secure that of the whole community.

For Nations are but the outcomes of Homes, and Peoples of Mothers.

 【以下邦訳(=あくまで私の例)】

 しかしその(=フランス革命の)恐ろしい教訓は軽視されたので、フランスでは国民の忠実、克己、自尊心

 ---これら(の美徳)は、全く家庭でのみ教育され得るものである---

 が欠如するという悲惨な苦しみを何度も繰り返し経験することとなった。

 ・・・従って、フランスが善良で偉大な国でありたいなら、今後さらに国民が学ぶべきことはナポレオン一世によって指し示されたことのように思われる---すなわちそれは、善良な母親による家庭教育---である。

 女性の与える影響力はどこの国でも同じである。

 洋の東西を問わず、あらゆる国の国民の道徳、礼節、および品性は、その国での女性の置かれた境遇から影響を受ける。

 女性の品位が堕落した国では社会の品位も堕落する。

 また、女性が道徳的に清潔で見識を持つ国では、社会もそれに比例して高尚なものとなる。

 だから、女性が教育されれば男性も教育されることになり、女性の品性が高められれば男性自身の品性も高められることになる。

 女性の知的自由が拡大すれば社会全体の知的自由も拡大され保障される。

 というのは国(家)とは家庭と、母親という種族とが産み出す成果にすぎないからである。

 【邦訳以上。】

 改めて言うまでもないが、このようなことは、古来より人類普遍の原理であろう。

 このような国家・家族の古来からの”法”を、平然と否定するのは、人類史上、恥知らずの現代人(=社会主義者・共産主義者・ポストモダン・価値相対主義・・・→フェミニスト)のみ。

 人類史上最凶の愚鈍人種(人類祖先への恥さらし)と言えるであろう。

 彼らは、大いに恥じて、懺悔すべきではないだろうか?

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-09-09 00:49) 

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 * 2か所 訂正します *

 平成26年9月8日(月)→26年9月9日(火)

 ・・・知らぬ間に日付が変わっていたため。

 Sumuel Smiles,"CHARACTER",CHAPTERⅢ→CHAPTERⅡ

 ・・・単なる勘違いのため。

 以上。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-09-09 01:00) 

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 平成26年9月10日(水)

 【閑話休題】 真正保守(自由)主義について、若干の解説。

 我われの主義とする真正保守(自由)主義とは、
 法(皇統・天皇/皇室制度)・道徳(=個人主義的美徳)・伝統・慣習・言語等の、自生的に成長した制度・自由の自生的秩序を保守・遵守し、
 その法(=正しい行動のルールの体系・制度)の下における、”国民の生命/安全・私有財産・自由”を保守する理論・主義(=イデオロギー)である。

 ゆえに、国民の自由を保護する、祖先の歴史の叡智の集積である、国家の法・伝統・慣習・道徳を過去の専制・搾取の為の道具・産物とのみ理解して唾棄し、
 自己の生きる束の間の時代の、一時的、短期的気まぐれ・流行・偏見・大衆世論に極端に迎合する、あるいは、それらの主義・政策に逆らう者は絶対権力で統制し、あるいは抵抗者を抹殺するがごとき非人間的なリベラル・リベラリズム
 (=急進主義・進歩主義・仏革命的な合理主義的自由主義→社会主義・共産主義などへ移行)とは全く相いれない。
 というよりも、それらの思想は「悪徳」とみなし徹底的に、殲滅するまで言論の剣(→法の破壊に、敵が武力を行使するときは、迷うことなく、法を守るため、武力の剣)を揮うことも厭わない主義である。

 また、文明社会の自生的に成長した制度、自由の自生的秩序、文明の漸進的進化による自由の規律を全く理解できず、己の主義とする思想的支柱がなく、単に急進主義者・進歩主義者(→社会主義者・共産主義者)の動きの足を引っ張り、
 その進歩の速度を緩める・足を引っ張る(→ただし、進歩の流行が己の感覚に好ましいものと感じるなら、進歩の促進に同調・妥協さえする)のみの、愚かな保守主義者(=保守・守旧派)とも全く異なる主義である。

 我々真正保守(自由)主義者は、自由の自生的秩序(=法)から乖離する、あるいは法を破壊する方向へ政策を進める、社会主義者・共産主義者の進むベクトルの方向を単に静止・減速させるだけではなく、法の下の自由という正しき方向へ、政策のベクトルの方向を、変化・転換(=向きを変え)させる主義(イデオロギー)である。

 この主義に対する適切な政治哲学用語が存在しないため、ハイエクは自身の自由主義を、17~18世紀(フランス革命前まで)の”旧・whig主義---「旧」を強調して---であると述べた(ハイエク『自由の条件Ⅲ「追論」』、春秋社)参照せよ。

 そして、ハイエクのいう自由主義者とは、バーク、マコーレー、グラッドストーン、アクトン卿、トクヴィル、ヒューム・・・等が挙げられよう。

 我々の掲げる、真正保守(自由)主義は、この「旧・whig主義」の原理を日本国の法・憲法・皇統・伝統・慣習・道徳言語等に適用するものであり、日本国・皇統・日本国民のすすむべき羅針盤へと導かんとするものである。

 以上。

by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-09-10 01:48) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 拝啓

 英国民及びスコットランド住民の皆様へ。

 私は自由の大国である貴国を心より尊敬、敬愛している一人の日本国民であります。

 また、E・バーク氏、D・ヒューム氏、A・スミス氏、F・A・ハイエクの政治哲学書を愛読する読書家でもあります。

 それ故に、この度のスコットランド独立問題については、他国民(日本国民)でありながら、他人事には思えず、大変心を痛め、大英帝国の普遍の一体性保持を強く願っております。

 さて、今回のスコットランド独立問題について、私の単純な疑問を、英国民及びスコットランド住民の皆様に投げかけたいと思います。

 一体、(イングランドとスコットランドの統合以来)英国の一地方であるスコットランドの住民による住民投票の結果が、英国古来(ancient)からの法(Law)と自由(Liberty)、及びその法(Law)と自由(Liberty)に対する唯一の保障(only security)である、英国古来の政府の基本構造(constitution)を変革したり、放棄したりすることが、英国の政治原理として、本当に可能なのでしょうか?

 あくまで私の推論ですが、上記に挙げた偉大な自由主義の哲人4氏の回答は、すべて“No!”あるいは“Not at all !”ではないでしょうか?

 私は必ずそうであると確信できます。

 部外者(=他国民である)の日本国民であり誠に畏れ多いことですが、私は、英国民及びスコットランド住民が、エドマンド・バークがフランス大革命に対して1790年に著述したごとく、時代の移り気、流行、曖昧な誘惑等に基づいて軽薄かつ短絡的な分裂の選択をするのではなく、英国の古来の法・憲法・国体の悠久の連続性・継続性の原理に基づいて、統一された自由の大国、(由緒ある王室を戴く)大英帝国を護持する選択を深慮して頂きたく、強く希望するものであります。

 エドマンド・バーク、F・A・ハイエクらを尊敬し、敬愛する一日本国民より。
                                         敬具
                                  2014年9月11日
                         日本国兵庫県神戸市にて記す。
            by エドマンド・バークを信奉する保守(自由)主義者

 【以下、バーク『フランス革命の省察』より引用。】

 Edmund Burke said,

 *****
 The third head of right asserted by the pulpit of the Old Jewry, namely, the "right to form a government for ourselves," has, at least, as little countenance from anything done at the Revolution, either in precedent or principle, as the two first of their claims. The Revolution was made to preserve our ancient indisputable laws and liberties, and that ancient constitution of government which is our only security for law and liberty. If you are desirous of knowing the spirit of our Constitution, and the policy which predominated in that great period which has secured it to this hour, pray look for both in our histories, in our records, in our acts of Parliament and journals of Parliament, and not in the sermons of the Old Jewry, and the after-dinner toasts of the Revolution Society. In the former you will find other ideas and another language. Such a claim is as ill-suited to our temper and wishes as it is unsupported by any appearance of authority. The very idea of the fabrication of a new government is enough to fill us with disgust and horror. We wished at the period of the Revolution, and do now wish, to derive all we possess as an inheritance from our forefathers. Upon that body and stock of inheritance we have taken care not to inoculate any scion alien to the nature of the original plant. All the reformations we have hitherto made have proceeded upon the principle of reference to antiquity; and I hope, nay, I am persuaded, that all those which possibly may be made hereafter will be carefully formed upon analogical precedent, authority, and example. Our oldest reformation is that of Magna Charta. You will see that Sir Edward Coke, that great oracle of our law, and indeed all the great men who follow him, to Blackstone,[84] are industrious to prove the pedigree of our liberties. They endeavor to prove that the ancient charter, the Magna Charta of King John, was connected with another positive charter from Henry the First, and that both the one and the other were nothing more than a reaffirmance of the still more ancient standing law of the kingdom. In the matter of fact, for the greater part, these authors appear to be in the right; perhaps not always: but if the lawyers mistake in some particulars, it proves my position still the more strongly; because it demonstrates the powerful prepossession towards antiquity with which the minds of all our lawyers and legislators, and of all the people whom they wish to influence, have been always filled, and the stationary policy of this kingdom in considering their most sacred rights and franchises as an inheritance.
In the famous law of the 3rd of Charles the First, called the Petition of Right, the Parliament says to the king, "Your subjects have inherited this freedom": claiming their franchises, not on abstract principles, "as the rights of men," but as the rights of Englishmen, and as a patrimony derived from their forefathers. Selden, and the other profoundly learned men who drew this Petition of Right, were as well acquainted, at least, with all the general theories concerning the "rights of men" as any of the discoursers in our pulpits or on your tribune: full as well as Dr. Price, or as the Abbé Sièyes. But, for reasons worthy of that practical wisdom which superseded their theoretic science, they preferred this positive, recorded, hereditary title to all which can be dear to the man and the citizen to that vague, speculative right which exposed their sure inheritance to be scrambled for and torn to pieces by every wild, litigious spirit.The same policy pervades all the laws which have since been made for the preservation of our liberties. In the 1st of William and Mary, in the famous statute called the Declaration of Right, the two Houses utter not a syllable of "a right to frame a government for themselves." You will see that their whole care was to secure the religion, laws, and liberties that had been long possessed, and had been lately endangered. "Taking[85] into their most serious consideration the best means for making such an establishment that their religion, laws, and liberties might not be in danger of being again subverted," they auspicate all their proceedings by stating as some of those best means, "in the first place," to do "as their ancestors in like cases have usually done for vindicating their ancient rights and liberties, to declare";—and then they pray the king and queen "that it may be declared and enacted that all and singular the rights and liberties asserted and declared are the true ancient and indubitable rights and liberties of the people of this kingdom."
You will observe, that, from Magna Charta to the Declaration of Right, it has been the uniform policy of our Constitution to claim and assert our liberties as an entailed inheritance derived to us from our forefathers, and to be transmitted to our posterity,—as an estate specially belonging to the people of this kingdom, without any reference whatever to any other more general or prior right. By this means our Constitution preserves an unity in so great a diversity of its parts. We have an inheritable crown, an inheritable peerage, and a House of Commons and a people inheriting privileges, franchises, and liberties from a long line of ancestors.

---Quotation from Burke, “REFLECTIONS ON THE REVOLUTION IN FRANCE.” 邦訳版:みすず書房版40頁~43頁参照---

*****


 英国、英王室、英国民の幸運を祈りつつ、バークを引用しました。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-09-11 07:13) 

BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN

 平成26年9月12日(金)

 中川八洋(先生)掲示板更新情報

 「西尾幹二は、反日極左の“半藤一利(日本共産党員)の舎弟” ──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(XVI)」

 → http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2014/09/11/150943

 必ず読みましょう。

 なお、余談だが、今般取りざたされている、国家社会主義(日本労働者党?)は、保守の「ほの字」にも値しない、超極左の全体主義イデオロギーであり、共産主義とコインの裏表、双子の兄弟である。

 また、この双子の悪魔思想は

 「すべての人間の、《彼らの思想・人物のみ》への隷従・隷属」、

 「《彼らの思想・人物のみ》に反する者への虐殺・ジェノサイド」

 を善と勘違いして、強制せんとする凶悪宗教・死への宗教であり、このような思想(人物)は完膚なきまで絶滅させる義務・使命が我われにはある。

 安倍内閣の閣僚、自民党執行部に、もしこのような思想に汚染されたの人物が存在し、安倍内閣の政策がこのような人間に引きずられていくことが明白になるならば、われわれ真正保守(自由)主義グループは、迷うことなく安倍内閣打倒のための総攻撃を開始するだろう。

 安倍内閣・(愚鈍)自民党には、この意味を「肝に銘じる」よう促しておく。
 これは、私からの真に最後の警告である。
by BURKE_REVIVAL_IN_JAPAN (2014-09-12 07:28) 

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