保守主義の哲学---ルソー主義の呪縛を滅すための試書 [政治]
平成24年4月29日(昭和の日)に日本国、天皇(皇室)、日本国民に捧ぐ。
これは、 「ルソー主義の呪縛を滅すための試書」である。
渾身の長文であるため、興味ある方のみ、プリントアウトして読まれることを望む。
PDF fileクリック→ ルソー主義の呪縛を滅すための試書(清書・修正版)新刊情報---『撃論』第四号(vol.4)発売、中川八洋 「真赤な嘘だらけのTPP亡国論」等 [政治]
読者の皆様へ。
『撃論 第四号(vol.4)』(表題:「女性宮家は、天皇制廃止の共産革命」』、オークラ出版、2012年03月09日)が発売されましたのでお知らせします。
この中で、中川八洋 筑波大学名誉教授が「真赤な嘘だらけのTPP亡国論」と題して、
売国奴ワースト1(『撃論』113頁)の中野剛志を筆頭とするTPP反対(真正)売国奴らの「TPP亡国論」の 嘘・出鱈目・二枚舌・妄想・論理転倒、及び中野剛志『TPP亡国論』の非学問性と、学術的分析と理論を一切排除したヒットラー型プロパガンダ術(同著116頁)について、バッサリと切り捨ておられます。
また、中川八洋氏は、廣宮孝信、リチャード・クー、三橋貴明などは「ノンフィクション作家とはいえても一片の学者性もなく、それらの著作(について)は、(京大准教授たる中野剛志が)学術的な論文で言及することは(学会・学者の常識として)許されない」(116頁)と、中野剛志の学者としての欠陥性をズバリ指摘しておられます。
そのほか、この『撃論 第四号(vol.4)』では、皇統問題・福島原発問題・TPP問題・ロシアの軍事脅威・北朝鮮拉致問題・従軍慰安婦問題 等々について次のような顔ぶれの論陣となっています。
(皇統関連) 平沼赳夫、百地章、八木秀次
(従軍慰安婦関連) 渡辺昇一
(橋下徹「船中八策」関連) 稲葉耕平
(ロシア軍事脅威など) 西田譲、赤星慶治
(福島原発事故関連) 田母神俊雄VS中川八洋、高田純、中村仁信
(北朝鮮・金正恩関係) 西岡力、中山恭子
(TPP関連) 東谷暁、渡邊頼純、山下一仁、中川八洋
(電力・エネルギー関連) 山本隆三、松浦晋也
(日章旗・日の丸不起立問題) 西村眞悟(誤記の訂正22:00)
・・・。
面白そうですね。
興味ある方は、次をクリックあるいは書店で購入して、ぜひ読みましょう。
エドマンド・バークを信奉する保守主義者
保守主義の哲学---第19回バーク『フランス革命の省察』、人間の真の諸権利 [政治]
読者の皆様には、いつも私〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。
さて、邦訳Series 19回目は、エドマンド・バーク『フランス革命の省察』の中から“人間の真の諸権利”と題してバーク保守理論の邦訳を進めたい。
本ブログの目的は、社会主義・共産主義思想の唯一無二の強力な解毒薬である保守主義の父、エドマンド・バークの真正保守哲学を日本国民に拡散し、徹底的に周知し続けることによって、民主党、社民党、共産党及びその他の社会主義政党などの政治思想を理論的破壊することにある。
読者の皆様には、国家を滅亡へ至らしめる社会主義・共産主義を日本国から消滅させるべく“バーク保守哲学”つまり“真正保守(自由)主義哲学”の日本全土への大拡散に、ご協力頂きたい次第である。
なお、今回はE・バーク『フランス革命の省察』の翻訳“人間の真の諸権利”論と併せて、F・A・ハイエクの“正義と個人の権利”論を『ハイエク全集』、春秋社から一部抜粋して私〔=ブログ作成者〕が編集したものを掲載した。
ただし、両者を合わせるとブログとしては、ほんの若干程度のボリューム大となるため、「長文?」を読む根気と集中力のある方には、ぜひとも最後まで読んで頂きたいと思っている。
◇◇◇真正の自由(保守)主義者の言葉◇◇◇
国家を樹立しようとするに当って契約ということがなされるとする仮説はばかげており、これはルソーが理念的・仮説的一時しのぎの説として考えているだけのものである。
というのも、彼はこれを、過去にあった事実として示そうとしているのではなく、自分の説に基づいた、国家のあるべき姿として示そうとしているからである。
未だいかなる国家も、真の契約、すなわち、あらゆる面から自由意志によってなされた契約〔inter volentes〕によって成立したことはない。
(ヤーコプ・ブルクハルト『世界史的考察』、ちくま学芸文庫、56頁)
いずれにしても、ルソー以後の時代になって初めて、自分たちの時代は、過去を一括して、倫理的にこれより優っていると思い込むに至ったのであるが、この場合その出発点となったのは言うまでもなく、人間はそもそも本質において善であるという前提であった。
これはまるで、人間の善良さは今に至るまで発言の機会を与えられなかっただけであり、もし人間がひと度、力を得るに至れば、かの善良さが輝かしく姿を現さずにはいないとでもいうみたいである!
人々はこうした考えから〔フランス革命において〕過去全体を相手取って訴訟を起こす権利が自分達にあるとした。
しかし、己惚れたっぷりの現在のこうした倫理的優越を信じるようになったのは、実はようやく最近数十年のことなのであり、これらの(過去数十年間の)時代は(既に)、倫理的に自分達より劣っているという点で古代をももはや例外としない
(→私〔=ブログ作成者〕の補足:過去数十年は、既に古代に比して倫理的に優越しているとは言えない。我々の「現在」も数十年後の「未来」には同じ運命を辿るにすぎない、ということ)。
(ヤーコプ・ブルクハルト『世界史的考察』、ちくま学芸文庫、117頁)
神聖不可侵の権利(→「主権」、「主権者」)は最高の意味において、この権利(「主権」)にかつて仕えたことのあるまさにその諸民族の運命とされてしかるべきである。
このような(「主権」振りかざす「主権者」に支配され、仕えた)民族はもはや決して自由を享ける資質を持つことの(でき)ないのは言うまでもない。
最も初期の諸世代が置かれていた奴隷状態は今日にいたるまでその血の中に影響を及ぼし続けている
(→「人民主権」、「君主主権」、「国民主権」はすべて「主権」であることは同じ。この意味を踏まえて、上記ブルクハルトの言葉の意味を考えるべし)。
すなわち、神聖なる文書(→例えば「1789年フランス人権宣言」など)はそれだけ見て省察するよりはむしろ、このような民族において(その文書の陰で)阻害されていたもの、また抑圧されていたものを照合確認した上で初めてそうした文書を省察する時、(歴史を省察する上で)最高度に啓発的なのである。
これに加えてさらに、(神聖不可侵の権利=主権の存在するところでは、)遅かれ早かれ間違いなく専制政治が支配を握り、宗教をその支えとして濫用するのが常であるということが起こってくる。
(ヤーコプ・ブルクハルト『世界史的考察』、ちくま学芸文庫、187~188頁)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中川八洋 筑波大学名誉教授の新著(アマゾンへリンク→『脱原発のウソと犯罪』、日新報道)を読まれたであろうか。
もし、多くの日本国民がこの著作の全頁を読了し、反日・極左思想一色に覆われた日本社会の惨憺たる現状を、一旦理解すれば、
――何故、今、日本国に、早急に、エドマンド・バークやF・A・ハイエクら世界の真正自由(保守)主義者の政治哲学を復活させ、再構築させる必要があるのか――
を必ず御理解いただけるはずだ、と私〔=ブログ作成者〕は確信している。
中川八洋『脱原発のウソと犯罪』を未読の日本国民はぜひ読んで頂きたいと思う。
→保守主義の哲学---第19回バーク『フランス革命の省察』、人間の真の諸権利
F・A・ハイエクの“正義と個人の権利”PDFファイルを開く(クリック)
→Friedrich August von Hayek,「正義と個人の権利」
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→『フランス革命の省察』の過去の邦訳と関連資料の目次ページへ
保守主義の哲学---第18回バーク『フランス革命の省察』、デモクラシーの弊害 [政治]
読者の皆さまには、いつも私〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。
さて邦訳Series 18回目は、エドマンド・バーク『フランス革命の省察』の中から“デモクラシーの弊害”と題してバーク保守理論の邦訳を進めたい。
本ブログの目的は、社会主義・共産主義思想の唯一無二の強力な解毒薬である保守主義の父、エドマンド・バークの真正保守哲学を日本国民に拡散し、徹底的に周知し続けることによって、民主党、社民党、共産党及びその他の社会主義政党などの政治思想を理論的破壊することにある。
読者の皆さまには、国家を滅亡へ至らしめる社会主義・共産主義を日本国から消滅させるべく“バーク保守哲学”つまり“真正保守(自由)主義哲学”の日本全土への大拡散に、ご協力頂きたい次第である。
日本国民の皆様平成24年2月10日に発行された、中川八洋 筑波大学名誉教授の新著(アマゾンへリンク→『脱原発のウソと犯罪』、日新報道)を読まれたであろうか。
もし、多くの日本国民がこの著作の全頁を読了し、反日・極左思想一色に覆われた日本社会の惨憺たる現状を、一旦理解すれば、
――何故、今、日本国に、早急に、エドマンド・バークやF・A・ハイエクら世界の真正自由(保守)主義者の政治哲学を復活させ、再構築させる必要があるのか――
を必ず御理解いただけるはずだ、と私〔=ブログ作成者〕は確信している。
◇◇◇真正の自由(保守)主義者の言葉◇◇◇
「法の支配」は、自由主義の時代に初めて、意識的に発展させられたものであり、その時代が達成した最大の偉業の一つである。
それは単に自由の保障制度というだけでなく、自由そのものを法に体現したものなのである。
…立法者の権力にはどんな制限もないという考えは、部分的には、主権在民(=人民主権)主義と民主主義政治(=デモクラシー)がもたらした結果である。
この考え方は、国家によるあらゆる活動が立法によって正当に権威づけられたものであるかぎり、「法の支配」は維持されうるという信念によってますます強化されてきた。
だが、その信念は、「法の支配」の意味を完全に誤解している。
この(「法の支配」という)ルールは、政府の一切の活動が司法上の意味において合法的かどうかという問題とは、ほとんど関係がない。
政府活動は、合法的でありながら「法の支配」に背くことがありうる。ある者の行っている行動が完全な合法的権威を持っているということは、法律が彼に勝手に行動していい権力を与えているということなのか、それとも法律が彼の行動を前もって明白に規定しているということなのか、まったく答えていない。
また、例えばヒットラーは、厳密に合憲的な(デモクラシーの手続きを踏んだ)方法でその無制限な権力を手に入れたのだから、彼がどんなことを行っても司法上は合法である、ということは言えるかもしれない。
だが、だからといって、誰がドイツで「法の支配」がいまだに堅持されていると言うだろうか。
(F・A・ハイエク『隷属への道』、春秋社、104~105頁)
政府の活力は自由の保障のために不可欠であること、確かな慎重な判断に従えば両者の利害は本来分離しえないものであること、強固にして効率的な政府を熱望する一見厳しい外見よりも、むしろ人民の諸権利を標榜するもっともらしい仮面の陰に、かえって危険な野心が潜んでいることが、同じく忘れられることになろう。
歴史の教えるところでは、後者〔人民の友といった仮面〕の方が、前者〔強力な政府権力〕よりも、専制主義を導入するのにより確実な道であった。
そして共和国の自由を転覆するに至った人々の大多数は、その政治的経歴を人民への追従から初めている。
すなわち、煽動者たることから始まり、専制者として終わっているのである。
(A.ハミルトン・J.ジェイ・J.マディソン『ザ・フェデラリスト』、岩波文庫、19頁)
このような見地からすれば、直接民主政〔ピュア・デモクラシー〕、つまり少数の市民から構成されており、その全市民が自ら集会し、自ら統治する社会を意味する直接民主政は派閥のもたらす弊害に対してこれを匡正することはできないのである。
というのは、〔直接民主政では〕ある共通の感情あるいは利益が、ほとんどあらゆる場合に全員の過半数の者の共鳴するところとなろうからである。
また、相互の意思の疎通と行動の一致とが、その政治形態そのものから容易に可能となるからである。
従ってまた、弱小の党派や気に入らない個人は、これを切り捨ててしまうという誘惑を抑えるようなものは何もないからである。
それゆえに、直接民主政諸国家は、これまで常に混乱と激論との光景を繰り広げてきたのであり、個人の安全や財産権とは両立し難いものとなり、また一般的にその生命は短く、しかもその死滅に際しては暴力を伴うものとなってきたのである。
この種の〔直接〕民主政治形体を支持する理論好きな政治家は、人間をその政治的諸権利において完全に平等なものとすれば、直ちにその財産・思想・感情においても完全に平等なものとなり、かつ相互に同一化されるであろうと考える誤りを犯してきたわけである。
共和政国家という言葉で、私は代表という制度(=代表制)をもつ統治構造を指している…。
(A.ハミルトン・J.ジェイ・J.マディソン『ザ・フェデラリスト』、岩波文庫、60頁)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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保守主義の哲学---第17回バーク『フランス革命の省察』、偏見の哲学 [政治]
読者の皆さまには、いつも私〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。
さて邦訳Series 17回目は、エドマンド・バーク『フランス革命の省察』の中から“偏見の哲学”と題してバーク保守理論の邦訳を進めたい思う。
本ブログの目的は、社会主義・共産主義思想の唯一無二の強力な解毒薬である保守主義の父、エドマンド・バークの真正保守哲学を日本国民に拡散し、徹底的に周知し続けることによって、民主党、社民党、共産党及びその他の社会主義政党などの政治思想を理論的破壊することにある。
読者の皆さまには、国家を滅亡へ至らしめる社会主義・共産主義を日本国から消滅させるべく“バーク保守哲学”つまり“真正保守(自由)主義哲学”の日本全土への大拡散に、ご協力頂きたい次第である。
なお、日本国民の皆様方は、平成24年2月10日に発行された、中川八洋 筑波大学名誉教授の新著(『脱原発のウソと犯罪』、日新報道)をお読みになられたであろうか。
もし、多くの日本国民がこの著作の全頁を読了し、反日・極左思想一色に覆われた日本社会の惨憺たる現状を、一旦理解できたなら、
――何故、今、日本国に、早急に、エドマンド・バークやF・A・ハイエクら世界の真正自由(保守)主義者の政治哲学を復活させ、再構築する必要があるのか――
を必ず御理解いただけるはずだ、と私〔=ブログ作成者〕は確信している。
◇◇◇真正の自由主義者の言葉◇◇◇
アクトン卿曰く、
Whenever a single definite object is made the supreme end of the State, be in the advantage of class, the safety or the power of the country, the greatest happiness of the greatest number, or the support of any speculative idea, the State becomes for the time inevitably absolute. Liberty alone demands for its realization the limitation of the public authority, for liberty is the only object which benefits all alike, and provokes no sincere opposition.
(Acton, Essays in The History of Liberty, edited by J. Rufus Fears, pp.424)
ある一つの明確な事柄が国家の究極の目的となったとき、国家は、一時的にせよ、必ず絶対的なものとなる。
たとえ、その目的が、特定階級の利益追求であれ、国家の安全や軍事力の追求であれ、最大多数の最大幸福の追求であれ、思索上の理想の追求であれ、同じことである。
自由のみが、その目的の実現のために公的権力に制限を加えることができる。
なぜなら、自由だけが万人に等しく恩恵をもたらすものであり、万人の本心からの反論を呼び起こすものではないからである。(※ 邦訳:私〔=ブログ作成者〕。)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(以下、本文)
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